安心して抗がん剤治療を受けるために 
抗がん剤の副作用に関する情報はいかにして収集されるのか



森 甚一
都立駒込病院内科

 肺がん患者のAさんは数コースの抗がん剤治療を受け、CTスキャンで腫瘍サイズの縮小が確認されました。しかし、さらに数コースの抗がん剤治療を継続しているうちに、腫瘍が再度大きくなってしまい、主治医から、「新たに認可された治療薬を試しましょう」と提案されました。予想される奏効率や、副作用についての説明を受けましたが、Aさんは心配です。
 「認可されたばかりの新薬は本当に安全なのか?」
 「医者が言う、副作用の情報はどこから提供されているのか?」
 今回は、抗がん剤の副作用に関する情報がいかに収集されるかという話題です。

治験の仕組みと市販前副作用情報の収集

 製薬企業で開発された新薬は動物での毒性試験を経たのち、実際の患者さんへの投与を試験的に行う段階、すなわち治験へと進みます。治験には大きく分けて、3つの段階があります。
 第I相試験:薬物がヒトに安全に投与できる量を決めます。
 最初は動物実験から「安全」と推定される少量から開始します。たとえば、3人に対して新薬を開始用量で投与し、副作用を細かく観察します。重い副作用がなければ2倍に増量、問題がなければさらに3倍……というように用量を上げていきます。
 もしある用量で3人中1人に重い副作用が出た場合、対象者を3人追加して6人とし、重い副作用が2人以下なら、さらに上の用量に進む、3人以上認めたなら、その用量をヒトに投与できる最大用量と決め、試験は終了になります。
 第Ⅱ相試験:今度は数十人~数百人単位の患者さんを集めて、実際に新薬が腫瘍をどれだけ縮小させる効果があるか試験を行います。この段階でも副作用の情報は収集されます。
 第Ⅲ相試験:これまである疾患に対して効果が確立されている薬物治療(標準治療といいます)に対して新薬がより生存期間を延長する、もしくは生存期間は劣らないで副作用が少ない、といった優位性を示せるかどうかの決定戦です。
 標準治療群と、新規治療群にランダムに患者さんを数百人単位で割り付け、可能ならば患者さんにもそして治療にあたる医師にも、どちらの治療群であるかわからないようにして公平に治療効果を評価します。そして新規治療群が標準治療群を上回った有効性を示した場合に、晴れて新規治療が新しい標準治療の座を獲得します。抗がん治療に限ったことではありませんが、このような過程が繰り返され徐々に洗練されていった治療法を今日のわれわれは享受しているわけです。

承認の迅速性と有効性・ 安全性の担保は裏表である

 この一連の過程には長い年月がかかることが問題です。治験が開始されてから、市販されて患者さんの元にとどくまでには3年から7年という時間がかかり、この間にも新薬を待望しながら使えない患者さんは増え続けます。米国FDA(食品医薬品局)では1992年から第Ⅱ相試験の結果をもって新規薬剤を早期に承認し、その後第Ⅲ相試験を実施し有効性が確認できた場合は通常の承認へ進み、確認できない場合は承認を取り消すという迅速承認制度を導入してこの問題の是正を図っています。
 しかし有効性や安全性の評価を後回しにするこの方法は、市販後に重篤な副作用が発生した、あるいは有効性が証明されなかったといった場合に、結果として患者さんに不利益をもたらす危険性を孕んでいるため、慎重かつ適切に運用される必要があります。これに関して2011年FDAは自ら迅速承認に関する総説論文を発表しています。
 《当局は1992年から2010年までに35の抗がん剤の47適応について迅速承認を行い、その後有用性が実証されたのは26適応であった。これらは通常の承認へ進んだが、迅速承認から通常承認までの期間の中央値は3・9年(範囲:0・8~12・6年)であった。残りの21適応のうち3つは第Ⅲ相試験で有用性を実証できなかった。残る18適応中4つは第Ⅲ相試験が終了してFDAがこの結果を審査中、14適応は試験が終了しておらず、長いものでは迅速承認から10・5年が経過している。》
 この中でFDAは、迅速承認後製薬企業が実証試験の結果を出すまでが遅いことを問題点として指摘しています。
 日本の状況はさらに複雑です。わが国では新薬の第Ⅲ相試験を行うことが難しく、多くは海外試験の結果と国内Ⅱ相試験をもって、国内での承認を行います。海外第Ⅲ相の結果を待たずに国内で承認されるケースもあり、この場合はやはり有効性、安全性の面で実証性が低いと言えます。また海外Ⅲ相試験が行われている場合でも、人種によって有効性や副作用の発生状況が異なる場合があり注意が必要です。

イレッサ問題と集団訴訟

 話は初めに戻ります。Aさんに投与されたのは「イレッサ」という薬でした。これは日本を含む国際共同第Ⅱ相試験において、再発、治療抵抗性の非小細胞肺がんに対して10%程度の腫瘍の縮小効果を認め、特に日本人患者群で奏効率27・5%と高値を示したことから、2002年世界に先駆けて日本で承認された分子標的治療薬でした。
 大きな期待をもって開始されたイレッサでしたが、数週後Aさんの体調に変化が現れました。空咳と発熱が持続し、抗生剤を投与しても一向に軽快しません。呼吸器症状はついには息苦しさを感じるようになり、CTスキャンを施行したところ、Aさんの両肺はすりガラスのような病変で覆われていました。主治医は薬剤性の間質性肺炎と診断し、イレッサ投与を中止、ステロイド治療を開始しましたが、Aさんの呼吸状態は改善せず呼吸不全で命を落とす結果になりました。
 これが2000年代日本で大きな社会問題となったイレッサの健康被害です。厚生労働省の報告によれば、2011年時点で間質性肺炎による死亡例数は825例、現在もこの数は増加し続けています。この問題は2004年から患者遺族が原告となって製薬企業と国を相手取った集団訴訟へと発展しており、東京、大阪の両地裁の第1審では国と製薬企業の責任を認める和解勧告を行いましたが、国はこの受け入れを拒否、その後の第2審では1審の判決は覆り、国や製薬企業の責任を否定、原告の敗訴となりました。
 原告側はこの判決を不服として最高裁への上告を決定しています。イレッサはその後、第Ⅲ相試験で有効性を示せなかったことから、2005年にFDAが原則使用禁止の制限をつけ、2011年2月には製薬企業によって米国市場からの完全撤退が決定されました。
 私は一臨床医として、迅速承認を否定するわけではありません。日本での承認が下りていない新薬を使えずに歯がゆい思いをすることは日常診療中で多々経験するため、「早く現場に新薬を」と切に願っている1人です。
 イレッサ問題が訴訟に発展した背景には「こんな副作用が出るとは夢にも思わなかった」と考えていた原告側と、「出てもおかしくはない」という被告側に認識のずれがあったのではないでしょうか。重要なことは、新薬は決して「夢の薬」ではなく、承認時点では安全性はおろか、有効性すら担保されていない場合があるという認識を、患者–医師–製薬企業–国の間で等しく共有することだと考えます。

市販前情報の限界と市販後調査の重要性

 では、このような薬剤による健康被害はどのようにすれば防止、最小化できるのでしょうか。
 医師は、患者さんに新薬を処方する前に添付文書を読みます。薬剤の取り扱い説明書である添付文書には、治験で得られた副作用情報が書かれています。しかし治験で収集される安全性情報には大きく分けて2つの限界があります。
 第1に、症例数が第Ⅱ相試験で数十~数百例、第Ⅲ相試験であっても数百例と数が限られ、たとえば1000人に1人起こるような、稀だが重篤な副作用を見つけられないこと。第2に、治験で薬剤を投与されるのは、有効性を評価するに足る身体的な条件を満たした「比較的健康」な患者さんである一方、実際の臨床では、すでに何かしらの合併症を持った人、治験に入れないような高齢者、また妊婦さんなど特殊な条件を持った患者さんにも投与せざるを得ない状況があることです。
 実際、2011年の米国から発表された論文では、「がんに対する分子標的薬の重篤な副作用の49%は市販時の添付文書に記載されておらず、市販後に追加される」と報告されています。こうしたことから、市販前の副作用情報は不十分であることを前提として、市販後の副作用情報の収集を強化すべきというのが現在の基本的な考え方となっています。
 薬剤の市販後に行われる有効性、安全性調査を総称して市販後調査といい、第Ⅲ相試験に引き続くことから通称第Ⅳ相試験と呼ばれます。市販後調査の形態は国ごとに異なりますが、日本は全例調査という独自のシステムをとっています。
 全例調査の1例を紹介します。
 「アバスチン」という薬剤は、治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸がんの治療薬として2007年に日本で承認され、その際の承認要件として市販後ある一定例数に達するまで、投与された全例について患者背景、有効性、副作用を調査することが課されました。
 2007年6月の市販時から2007年11月までに2712例が登録され、2008年12月に最終解析結果が報告されました。副作用発現は1589例(発現率58・9%)で認められました。調査対照例のうち321例の死亡が報告され、うち同剤との関連が否定できない死亡は33例でした。
 このような結果は集積・解析の途中経過であっても、厚生労働省の定期審査時の参考資料として提出され、それをもって添付文書改定指導が行われたり、製薬企業が自主改定する際の根拠にもなります。全例調査自体は1993年から始まっており、当初その適応は治験で十分な症例が得られなかった希少疾患に対する治療薬に限られたものでしたが、イレッサの事例以降、新規承認の抗がん治療薬に関しては原則、全例調査が承認要件として課されるようになりました。

市販後調査の問題点

 しかし、調査結果の臨床現場への公開状況については問題があると言わざるをえません。2000年から2009年までに承認された抗がん剤の市販後調査を調べてみると、最終結果が開示されているのは、2012年3月時点で28品目中わずかに10品目であり、市販から最終結果の公開までの中央値は34カ月と、かなり遅いことがわかりました。
 未公開期間の最長は124カ月、さらに、未公開品目のうち2剤に関しては製薬企業に問い合わせたところ、「臨床医への公開の予定なし」との回答が返ってきました。製薬企業は承認要件だから仕方なく形だけやる、政府も副作用をまじめに監視しているというポーズをとっているだけ、という形骸化に陥っている懸念があります。このような全例調査の形態が、本当に副作用の低減に寄与しているかどうか検証がなされるべきと考えます。

まとめ

 上記のことから、以下のようにまとめることができます。
・新規薬剤が世に出てきた段階では、有効性・安全性に関する情報は不十分であるという認識を患者も含めて持つ必要がある。
・市販前の安全情報収集には限界があり、市販後調査が重要である。
・市販後調査が正しく機能しているか、現場の目線からチェックする必要ある。

(2012年7月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.6より)

Life-line21 Topic

バックナンバー

『ライフライン21 がんの先進医療』は全国書店の書籍売り場、または雑誌売り場で販売されています。以下にバックナンバーのご案内をさせていただいております。

LinkIcon詳しくはこちら

掲載記事紹介

「ライフライン21 がんの先進医療」で連載されている掲載記事の一部をバックナンバーからご紹介します。

LinkIcon詳しくはこちら

定期購読のご案内

本誌の、定期でのご購読をおすすめします(年4回発行=4800円、送料無料)。書店でも販売しております。書店にない場合は、発行元(蕗書房)か発売元(星雲社)にお問い合わせのうえ、お求めください。

LinkIcon詳しくはこちら

全国がん患者の会一覧

本欄には、掲載を希望された患者さんの会のみを登載しています。
なお、代表者名・ご住所・お電話番号その他、記載事項に変更がありましたら、編集部宛にファクスかEメールにてご連絡ください。
新たに掲載を希望される方々の情報もお待ちしております。

LinkIcon詳しくはこちら

[創刊3周年記念号(vol.13)]掲載

がん診療連携拠点病院指定一覧表

(出所:厚生労働省ホームページより転載)

LinkIconがん診療連携拠点病院一覧表ダウンロード

緩和ケア病棟入院料届出受理施設一覧



資料提供:日本ホスピス緩和ケア協会 http://www.hpcj.org/list/relist.html

LinkIconホスピス緩和ケア協会会員一覧ダウンロード

先進医療を実施している医療機関の一覧表

(出所:厚生労働省ホームページより「がん医療」関連に限定して転載)

LinkIcon先進医療を実施している医療機関の一覧ダウンロード

ページの先頭へ