安心して抗がん剤治療を受けるために 
抗がん剤治療の副作用とその対策

〜総 論〜


森 甚一
都立駒込病院内科

 がん薬物療法は、これまでの抗がん剤単独の治療に加え、分子標的薬を含めた複合的な治療へと移行してきています。ここではがん薬物療法の副作用について、患者さんが知っておくべき知識を最新の知見を交えながらわかりやすく解説することを目標とします。初回の今回は副作用に関する総論を概説します。

1、がん細胞と正常細胞との違い

 まず抗がん剤の作用・副作用を理解する上でがん細胞の特徴、とくに正常細胞との違いを知っておくことが助けになります。正常細胞は増殖能を有していますが、これは自分と同じ細胞を複製し、分裂して数を増やす能力を指します。
 たとえば毛髪の付け根にある毛乳頭細胞は、絶えず増殖し新しい髪の細胞をつくり出して頭皮の外へと押し出していきます。この細胞の増殖はよく、アクセルとブレーキに例えられます。すなわちアクセルを踏むことで、増殖が促進され、ブレーキを踏むことで、増殖に抑制がかかる。この両者は絶妙なバランスでコントロールされており、過度の増殖・休止は起こりません。
 一方がん細胞では、なんらかの理由でアクセルが踏みっぱなしになる、あるいはブレーキが効かなくなることで、無制限に増殖してしまいます。このことを「腫瘍化」と呼び、結果出来損ないの細胞の塊がどんどんと大きくなっていき、それがさまざまな段階で「がん」として発見されることになります(図1)。

2、 副作用はなぜ起こる?

 細胞が増殖するときには、細胞内で複数の生化学反応が起こっています。抗がん剤とはこの反応の経路を抑制する薬剤であり、これを絨毯爆撃的に全身に投与すれば、理論的にはよく増殖する細胞から順に増殖抑制を受けるはずです。先述の通り無制限の細胞増殖ががん細胞の本質であるため、がん細胞は正常細胞よりも抗がん剤の影響を強く受けることになります。この影響の差を利用するのが、抗がん剤の殺腫瘍の原理ということになります。
 ところが、正常細胞でも増殖の速い細胞には効いてしまうことになり、これが抗がん剤の副作用となって現れます。代表的なものが髪の毛根の細胞、消化管粘膜の細胞、骨髄中の造血細胞です。それぞれ、増殖が抑制されると、脱毛、口内炎・吐き気・下痢、血球減少という形で患者さんを苦しめる副作用となります。
 一方、近年このような古典的な抗がん剤とは異なり、分子標的薬と呼ばれる腫瘍細胞をピンポイント爆撃してくれる薬剤が登場し急速に広がっています。分子標的薬とは、がん細胞が有する分子構造に対して作用する薬剤の総称で、理論上は正常細胞には作用せず、腫瘍細胞を効率よく抑制してくれます(図2)。


図2 がん細胞に対する抗がん剤と分子標的薬の作用の違い:分子標的薬は、理論上は正常細胞には作用せず、腫瘍細胞を効率よく抑制する

 実際、分子標的薬のいくつかはがんの治療成績に大きなインパクトを与え、その登場以前、以後で疾患の予後を大幅に変えました。2001年に適用開始となった慢性骨髄性白血病に対するイマチニブ(グリベック®)がその代表格で、有効な治療がない時代には生存期間3~5年と呼ばれていた難治性疾患が、今や一日1回のグリベック内服によって7年後の生存率が86%にまで達しています。
 しかし、分子標的薬がまったく正常細胞に作用しないかというと、そうではなく、たとえばイマチニブも約4%が皮膚の発疹、吐き気、浮腫みなどの副作用で服用継続が困難になります。副作用のタイプにもよりますが、分子標的薬に関わる副作用の多くは、その薬剤の標的が真に腫瘍選択的でないことに起因します。
 たとえば、イマチニブのターゲットは慢性骨髄性白血病の腫瘍細胞内のABLチロシンキナーゼという蛋白ですが、ABLチロシンキナーゼ以外にも正常な細胞活動に必要なチロシンキナーゼは複数あり、イマチニブはこれらも同時に抑制してしまいます。皮膚や消化管の粘膜などの正常細胞でこのキナーゼ抑制が起こる結果、上述のような副作用が起こるとされています。
 それ以外にも分子標的薬にあって、抗がん剤にない特徴的な副作用もあります。リツキシマブ(リツキサン®悪性リンパ腫)、セツキシマブ(アービタックス®大腸がん)、トラスツズマブ(ハーセプチン®乳がん)など抗体系分子標的薬の初回投与時に、輸注症候群と呼ばれるアレルギーに似た反応が約6割に見られます。
 頻度の高い発熱症状については解熱剤などの対症療法で軽快することがほとんどですが、非常にまれに喘息のような症状、血圧低下などをきたし命に関わることもあります。これらは外来で投与する機会も多い薬剤であるため、患者さんもよく注意する必要があります。
 分子標的薬のターゲットはがんにとどまらず、喘息や膠原病などいまや多岐に及んでおり、今後も拡大の一途をたどることは確実であることから、患者さん自身も無知ではいられません。抗がん剤とは異なる副作用が起こりうること、それは薬剤ごとに大きく異なることを認識し、治療開始前に医師によく情報提供を受ける必要があります(表1参照)。

3.副作用が起こる人、 起こらない人

 同じ病気でも薬が効く人と効かない人がいます。同様に、薬は同じように効くのに、副作用が強く出る人と出ない人がいます。この違いはどこから来るのでしょうか。この疑問を解く鍵は、「遺伝子のバリエーション」です。
 消化器がん・肺がんに使用するイリノテカンという薬剤があります。この薬剤は肝臓のUGT1A1という酵素で解毒されますが、この酵素をつくる設計図=遺伝子には60種類以上のバリエーションが存在し、なかには酵素の活性が弱いバリエーションを持っている人がいます。このような人に通常量のイリノテカンを投与すると解毒が追いつかずに強い副作用(下痢・血球減少)が出現します。UGT1A1遺伝子バリエーションの検査は日本では2009年に保険適用となり、この結果、強い副作用が事前に予想される患者さんにはイリノテカンの投与を避けるといったアプローチが可能になっています。


表1 抗がん剤とは異なる分子標的薬の主な副作用

4.抗がん剤の副作用を緩和する支持療法

 抗がん剤の進歩と同時に、抗がん剤の副作用を軽減する治療も進んでいます。なかでも抗がん剤治療に伴う吐き気に対する治療薬の進歩はめざましく、アプレピタント(イメンド®)、パロニセトロン(アロキシ®)といった新薬も次々に開発されています。世界に遅ればせながらわが国においても2010年、日本癌治療学会より制吐薬治療ガイドラインが作成され、日本中いかなる施設でも標準的な制吐治療を受けることが可能となりました。
 また抗がん剤投与後に必発する白血球減少は、ときに重症の感染症を引き起こし、命に関わることがありますが、これに対しては顆粒球コロニー刺激因子(G–CSF)と呼ばれる製剤が大きな予防効果を上げています。G–CSFの投与によって白血球減少時の発熱の頻度は40%から22%に低下し、化学療法中に死亡する確率5・7%から3・5%へと減らしたと報告されています。
 なお、G–CSFは効果持続時間が短く、連日投与を必要とするため、外来で抗がん剤療法中の患者さんには不向きです。これについてはすでに海外では効果持続時間を長くしたG–CSF製剤が市販されており、日本でも承認に向けた最終段階の臨床試験が進行中です。

5.副作用との付き合い方、大事なのは治療目標

 このような進歩にも関わらず、抗がん剤投与に伴う副作用は未だゼロにすることはできず、実際副作用に苦しみながら治療を続けている患者さんは数多くいます。治療の過程でどの程度まで副作用を許容するかは、目指す治療目標によって変わります。治療目標は大きく分けると、その抗がん剤投与によって、①根治を目指す、②根治を目指さず延命や症状緩和を目的とする、という二通りがあります。
①急性白血病、一部の悪性リンパ腫、胚細胞腫瘍、根治術前後の化学療法など
 根治を目指す化学療法である場合、一般的にその治療強度は強くなる分、副作用が大きくなります。しかし副作用を恐れるあまり、抗がん剤を弱くして根治する機会を逃す事態は避けなければなりません。
 根治を目指す治療では、施行する化学療法のコース数が決まっています。たとえば、日本人に多い非ホジキン悪性リンパ腫の場合は6~8コースのCHOP療法で、腫瘍が消失していれば治療終了となります。つまりこの場合、副作用をある程度許容しながら治療終了に向けて化学療法を続けていくということになります。
②その他の固形腫瘍、多発性骨髄腫など
 根治を目指さない=より質の良い生活を長期間送ること、が目標となります。したがって抗がん剤の副作用が強く出て患者さんの生活の質を落としてしまうような場合は、薬剤の変更、それでもだめならば、抗がん剤治療を中止し終末期医療へ移行することを考慮します。
 たとえば進行期食道がんは、腫瘍が食道という食べ物の通り道を狭めることで、口からの食事や水分の通過を困難にし、患者さんの生活の質を下げます。こうした患者さんに食事が摂れることを目標に抗がん剤治療を始めて、抗がん剤の吐き気や口内炎で食事が摂れなくなってしまうような場合は、たとえ腫瘍を多少縮小させる効果を認めたとしても、その抗がん剤治療を継続する意義は少ないと考えられます。
 このように、治療目標によって副作用の扱い方は大きく異なります。治療目標を決める主体はあくまで患者さんであり、副作用の辛さや、余命の中で自分が何を重視したいのかを正確に主治医に伝え、相談しながら治療を進めていく必要があります。

まとめ

・がん細胞と正常細胞を区別なく攻撃するのが従来の抗がん剤。がん細胞のみを標的にするのが分子標的薬。ただし正常組織への影響がないわけではなく、特有の副作用もある。
・副作用の発症リスクを事前に予測したり、起こった副作用を軽減したりする技術は進歩してきている。
・治療目標によって許容される副作用の程度は異なる。
目標設定には患者さん本人の意向が重視されるため、主治医とのコミュニケーションが重要である。

(2011年10月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.3より)

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