安心して抗がん剤治療を受けるために 
抗がん剤治療の副作用とその対策

〜総 論〜


森 甚一
都立駒込病院内科

 がん薬物療法は感染免疫低下を引き起こすため、その管理はがん治療の成否を決める重要な要素となります。本稿では、がん薬物療法を受ける患者さんが知っておくべき感染症に関する知識を解説します。

1.がん薬物療法によって感染症が起こるメカニズム

 抗がん剤は、全身の増殖の速い細胞に対して強い殺細胞効果を有するため、がん細胞以外にも、毛根の細胞や、消化管粘膜細胞、そして造血細胞にも障害を与えます。ヒトの骨髄中では造血幹細胞から白血球、赤血球、血小板がつくられています(図1)。


図1 ヒトの骨髄中では造血幹細胞から白血球、赤血球、血小板がつくられる

 白血球のうち特に毒性の強い細菌や真菌(カビ)に対する抵抗力を持つのが好中球です。化学療法を1サイクル行った場合の典型的な白血球の推移を図2に示しました。抗がん剤投与によって骨髄の造血が障害されると、数日遅れて好中球を含めた血球が減少し始めます。その後1週間から10日程度で底を打ち、化学療法の影響が抜け、再び骨髄での造血が再開すると、血球は遅れて回復し元通りに戻ります。この好中球の推移の中で好中球が500/μℓ以下となっている時期は感染に対する抵抗力がきわめて弱く、危険な状態ということになります。


図2 化学療法を1サイクル行った場合の白血球数の推移

 また抗がん剤によって消化管粘膜が障害されるとバリア機能が低下し、粘膜上に定着していた細菌が粘膜より深い層に侵入しやすくなります。また静脈内カテーテルが留置されている場合は、皮膚の常在菌がカテーテルを伝って血流中に侵入する危険性があります。
 このように、抗がん剤投与に伴う体内・外環境の一連の変化が感染症を誘発することになります。

2.発熱性好中球減少症という概念

 好中球減少時の感染症が、好中球がある場合のそれに比べて重症化しやすいことは、抗がん剤治療が盛んに行われるようになった1970年代よりがん治療医の間では経験的に知られてきました。1990年に米国感染症学会を中心に「発熱性好中球減少症」としてその概念が体系化され、以降臨床現場において広く認知されるようになりました。
 日本においては「好中球数が500/μℓ未満、あるいは1000/μℓ未満で近日中に500μℓ未満に減少する可能性がある状態で、1回の腋下温37・5%以上(口腔内温38℃以上)の発熱を生じ、感染症以外の原因による発熱が除外できる」場合を発熱性好中球減少症と定義し、1998年に診療ガイドラインが作成されています。
患者さんが知っておくべき発熱性好中球減少症のポイントは以下の2点です。
①発熱から初回の抗菌薬投与までの時間が遅れると救命率が下がる。
②健常人には害を及ぼさない微生物が、免疫力の落ちた宿主に感染症を起こす。
①はきわめて重要な事実であり、特に外来化学療法を行っている患者さんが発熱時の対応を自分で理解しておかなければ危険であることを意味します。外来化学療法中に発症した感染症の1例を図3に示します。


図3 外来化学療法中に発症した発熱性好中球減少症の1例

 40歳代女性。び慢性大細胞型B細胞性リンパ腫に対して外来R–CHOP(アールチョップ)療法を施行中。1コース目投与後9日目に自宅での検温で39℃の発熱を認めた。あらかじめ当院で処方されていた内服抗菌薬を服用後、救急外来を受診し、その場で緊急入院となった。入院後抗菌薬の点滴投与によって速やかに解熱を得て、入院後5日で軽快退院となった。

 当院では外来化学療法中の患者さんには内服の抗生剤をあらかじめ処方しておき、発熱時にはすぐに内服してもらったうえで、病院に連絡するように指導しています。これは発熱後最初の抗菌薬投与を遅らせないための工夫です。
 ②を知っておくことは、患者さんが外来でどの程度の活動を行ってよいかを考えるうえでのヒントになります。好中球減少期に感染症を起こす原因微生物の多くは、皮膚や消化管粘膜といった部分に定着している常在菌です。普段はおとなしく人間(宿主)と共生していますが、好中球低下という宿主が弱みを見せたとき、突如敵として襲ってきます。好中球減少時の感染症は通常の感染症のように外からもらうものではなく、内側から襲われてしまうものが多くを占めるということです。
 「化学療法中は感染症に気を付けてください」と患者さんに伝えると、「部屋に空気清浄器をつけなければいけないのか」、「室内でペットを飼っているのだが大丈夫か」、「火を通していないものを食べていいのか」といった質問が返ってきます。
 もちろん好中球減少の程度によりますが、外からもらうものに関してはそれほど神経質にならなくてもよい、というのが答えです。
 外来化学療法の利点は、がんに対する治療を行いながらも可能な限り普段通りの生活を送れることにあります。特に治癒を目標としていない化学療法の場合は、化学療法を行うために過度に生活に制限をかけては本末転倒になってしまいます。
 一方、急性白血病など病院内で治癒を目指した強力な化学療法を行っている場合には、外から入ってくる微生物についても最大限の注意が必要です。好中球減少時には高性能のフィルターを搭載した簡易無菌装置を使って、空気中に浮遊している真菌を吸引しないようにします(写真1)。


写真1 簡易無菌装置

 また、病院の環境中に定着している抗菌薬耐性菌がカテーテルや尿路を伝って敗血症を起こすことなどはしばしば経験されますが、これを予防するためには環境中にそれらが広がらないように病院全体で対応することが重要です。「病院のドアノブや手すりは汚いもの」という認識のもと、入院患者さんにも手洗いを心掛けてもらう必要があります。

3.G–CSF

 顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte colony-stimulating factor: G-CSF)は好中球を成熟させ、その機能を亢進させる作用を持った蛋白で、体内でも生理的に生成されていますが、遺伝子組み換え技術により製剤化され、1991年からわが国において使用が認可されました。抗がん剤投与後G–CSF製剤を使用することにより、好中球減少期間の短縮、発熱の減少が認められることから、現在のがん薬物療法においてはなくてはならない薬剤となりました。感染症による死亡を減らす、またG–CSFを併用によって好中球の過度の低下を予防しつつ抗がん剤の強度を上げる、この両面によってがん患者さんの生命予後を延ばす効果が期待されます。
 図3の患者さんは1コース目に発熱性好中球減少症を起こしたため、その後のコースでは投与後14日前後で外来受診をしてもらい、一日のみ予防的なG–CSF投与を行うこととしました。結果、重篤な感染症を起こすことなく、治療薬の減量もせずに8コースの治療を完遂しました。
 最近、海外では外来で1回注射すれば数日間効果の持続する長時間作用型のG–CSF(ニューラスタR)が発売され、わが国でも現在治験の最中です。本格的に使用可能となれば、より安全に外来通院治療が行えることが期待されます。

4.好中球減少以外の免疫不全

 抗がん剤は、がん細胞のみならず骨髄を含めた全身の増殖の速い正常細胞を障害してしまうという問題がありました。これに対し、近年急速に普及している分子標的治療薬は、原理的にはがん細胞のみが持っている分子学的構造に対して特異的に攻撃を仕掛けるため、抗がん剤投与後のような強い骨髄抑制は原則起こりません。
 しかし、これらの薬剤も好中球減少とはまったく別の機序で感染症を起こす場合があり注意が必要です。たとえば、リンパ球系腫瘍であるリンパ腫に対して用いられているリツキシマブ(リツキサンR)は正常Bリンパ球をも破壊してしまいます。Bリンパ球はウイルスなどに対抗する抗体を産生する細胞ですが、これがリツキサンで抑えられた場合、過去の感染後、肝臓に潜んでいた極微量のB型肝炎ウイルスが再度活性化し急性肝炎を発症する例が報告されています。
 免疫抑制剤が、がん治療に用いられる場合があり、この場合も感染症を起こしやすくなります。エベロリムス(アフィニトールR)は根治切除不能な転移性腎がん治療に用いられる薬剤ですが、元々は臓器移植後の拒絶反応予防の免疫抑制剤として開発された薬剤で、リンパ球の機能を抑制することで結核やニューモシスチス肺炎など、特殊な感染症を起こすことがあります。
 より身近な免疫抑制作用を持つ薬剤は、抗がん剤と併用して使用されることの多い、ステロイドです。リンパ系の血液腫瘍に対する抗腫瘍効果、がんの脳転移に対する脳浮腫改善作用、あるいは抗がん剤による吐き気を抑えるためなど、がん薬物治療のなかではさまざまな目的で使用することがあります。これもやはり、リンパ球系の免疫を抑制するためニューモシスチス肺炎、結核、帯状疱疹などの発症リスクとなり、また好中球の機能を低下させるために好中球減少時のような細菌や真菌感染も発症頻度が上がるので注意が必要です。
 このような薬剤による免疫状態の変化は、好中球数のように上がったり下がったりする様子が数字で表れないために感染リスクを予測しにくいこと、また診断が難しい感染症が多いため(たとえばニューモシスチス肺炎はレントゲンでは画像診断は困難で、ほとんど胸部CT検査が診断確定に必要)、治療が遅れる場合があることが問題となります。特に主治医以外の医師が救急対応する場合、自分の受けている治療に免疫力を低下させる薬があるか否かを患者さん自身も把握しておく必要があります。

5.まとめ

・抗がん剤投与による好中球減少期には重症感染症を発症する危険があり、発熱時には速やかな抗菌薬投与が必要である。
・G–CSFは好中球減少時の感染症リスクを減少させる。
・好中球減少以外にも免疫力を低下させる薬剤があり、注意を要する。

(2012年1月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.4より)

Life-line21 Topic

バックナンバー

『ライフライン21 がんの先進医療』は全国書店の書籍売り場、または雑誌売り場で販売されています。以下にバックナンバーのご案内をさせていただいております。

LinkIcon詳しくはこちら

掲載記事紹介

「ライフライン21 がんの先進医療」で連載されている掲載記事の一部をバックナンバーからご紹介します。

LinkIcon詳しくはこちら

定期購読のご案内

本誌の、定期でのご購読をおすすめします(年4回発行=4800円、送料無料)。書店でも販売しております。書店にない場合は、発行元(蕗書房)か発売元(星雲社)にお問い合わせのうえ、お求めください。

LinkIcon詳しくはこちら

全国がん患者の会一覧

本欄には、掲載を希望された患者さんの会のみを登載しています。
なお、代表者名・ご住所・お電話番号その他、記載事項に変更がありましたら、編集部宛にファクスかEメールにてご連絡ください。
新たに掲載を希望される方々の情報もお待ちしております。

LinkIcon詳しくはこちら

[創刊3周年記念号(vol.13)]掲載

がん診療連携拠点病院指定一覧表

(出所:厚生労働省ホームページより転載)

LinkIconがん診療連携拠点病院一覧表ダウンロード

緩和ケア病棟入院料届出受理施設一覧



資料提供:日本ホスピス緩和ケア協会 http://www.hpcj.org/list/relist.html

LinkIconホスピス緩和ケア協会会員一覧ダウンロード

先進医療を実施している医療機関の一覧表

(出所:厚生労働省ホームページより「がん医療」関連に限定して転載)

LinkIcon先進医療を実施している医療機関の一覧ダウンロード

ページの先頭へ