安倍政権は、医療や教育を通じて
「地方再生」を目指すべき!


上 昌広
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
社会連携研究部門特任教授

国民皆保険を維持するには、給付と負担のバランスの見直しが必要

 2015年が明けた。元旦のニュースは、わが国の人口が8年連続減少したことを報じていた。昨年は26万8000人と、過去最多の減少であったらしい。少子高齢化は止まらない。
 医療は問題だらけだ。解決すべき課題は多い。たとえば国民皆保険だ。従来、わが国では、病気になれば、誰もが病院を受診し、必要な医療を受けることができた。医師と患者が合意すれば、人工透析や骨髄移植などの先進医療を、低額の負担で受けることができた。国民皆保険のお陰である。
 ただ、このままでは、国民皆保険は早晩、崩壊する。医療費が急増しているからだ。厚労省は平成23年度の国民医療費を約39兆円と発表した。対前年比6267億円、1・6%の増加だ。経済成長のスピードを上回っている。
 これまで、国民皆保険が維持できたのは、医療費が足りなくなったら、国債で埋め合わせてきたからだ。これは、次世代にツケを回しているにすぎない。財務省によれば、平成26年度の公債発行額は約52兆円で、歳出に占める割合は52%だ。
 2014年9月時点での日本国民の金融資産は約1654兆円。2014年度末の国と地方の債務の合計は約1010兆円。差し引き約640兆円分しか、国債を負担する余裕はない。20年以内に枯渇する。
 もちろん、財源を増やすべく消費税の増税は検討すべきだし、成長戦略も大切だ。ただ、野放図な医療保険のあり方を変えなければ、問題は解決しない。国民皆保険を維持したければ、給付と負担のバランスを見直さねばならない。

安倍政権の方針は評価できる一方、医師にも患者にも優しくない

 実は、これこそ安倍政権の方向性だ。深刻な問題を真っ正面から取り上げている点で評価できる。ただ、安倍政権の方針は、医師にはもちろん、患者にも優しくない。
 それは、安倍政権が医療費の圧縮に熱心だからだ。その象徴が診療報酬改定である。平成26年度の改定はプラス0・1%と説明されているが、消費税が増税されたため、実質は1・26%の大幅なマイナス改定だった。
 高齢化に伴い、患者数は増加する。財政規律を守るには、診療行為の単価を抑制せざるを得ない。ところが、このままでは医療機関の経営は悪化する。
 現に、全日本病院協会の調査によれば、診療報酬改訂後の14年5月に医業収支が赤字だった病院は全体の25%で、前年同月の23%より2%増加していた。やがて倒産する病院が増えるだろう。
 なぜ、安倍政権は診療報酬を大幅に下げたのだろうか。私は、安倍政権が、自らの姿勢を明確に打ち出すためだったと考えている。
 平成25年度の税収は約47兆円。当初の見積もりを1・6兆円上回った。「アベノミクスの成功」により税収は伸びたが、医療費は抑えたことになる。
 安倍政権と対照的だったのが、民主党への政権交代後の平成22年の診療報酬改訂だ。全体でプラス0・19%、金額にして700億円相当を引き上げた。10年ぶりのプラス改定だった。特に、救急・外科・産科領域に重点的に資源を投入したため、急性期病院の経営は大幅に改善した。同時に、医療分野で約40万人の雇用を産みだしたと言われている。
 注目すべきは、このときはリーマンショック直後で、税収が大幅に落ち込んでいたことだ。平成21年度の税収は約39兆円にすぎない。民主党政権は、医療に重点的に予算をあてがったことになる。
 政治的な力量は兎も角、安倍政権と民主党政権の医療に対するスタンスは大きく異なる。国民は民主党ではなく、安倍政権を選択した。安倍政権は長期政権となるだろう。公的医療費の抑制は、当面、わが国の基本的な方針になる。

混合診療を実施する病院を、大病院に限定するのは典型的な骨抜き政策である

 では、われわれは、何をすべきだろうか。まずは、医療保険に関する給付と負担の関係を議論すべきだ。あまたある医療行為の中で、どの医療行為を優先的に公費で賄い、どれを外すか考えるべきだ。また、それを、誰が、どのようなプロセスで決めるか、議論することも欠かせない。
 もちろん、この議論は必然的に混合診療解禁の議論を伴う。これまで、厚労省は「日本人で有効性が証明された医療行為は、すべて健康保険でカバーされる」という前提に立っていた。政府が責任を持って医療財源を確保してきたからできたことだ。ところが、これからはそうもいかなくなる。国に金がなければ、有効性は証明されても、健康保険ではカバーされない医療行為が出てくるはずだ。
 一方で、国民は、自らが希望する有効な医療行為を受ける権利がある。ただし、費用は自己が負担するという条件がつく。「命を金で買うのか」という意見もあるだろうが、いつまでも子孫に負担を強いるわけにもいかない。そろそろ、混合診療の規制の緩和を本格的に議論すべきである。
 ところが、混合診療規制には、さまざまな思惑が絡む。過去にも多くの政権がアドバルーンを打ち上げたものの、撤退を余儀なくされてきた。
 昨年末、安倍政権は混合診療の規制緩和を打ち出した。ただ、厚労省が混合診療を認めるのは、東大病院など、臨床研究中核病院を中心とした100の大病院に限定されるそうだ。これでは、大病院にかかる患者さんしか、その恩恵を蒙ることができない。また、混合診療を実施する病院を、大病院に限定する合理的な理由はない。典型的な骨抜きである。
 果たして、安倍政権は、この問題にさらに切り込むだろうか。公的医療費を削減し、混合診療規制が緩和されなければ、やがてコネとカネがものを言う「闇医療」の世界が幅を利かすことになる。改革は中途半端で止めるべきではない。今こそ、徹底的な議論が必要だ。

医療は数少ない内需型の成長産業。今こそ徹底的な国民的議論が必要

 実は、この問題は、医療だけに留まらない。議論次第で、この国のあり方にも影響する。
 厚労省が混合診療を認めた病院の中には、近年、多くの不祥事が表面化し、社会の信頼を失った施設が含まれる。科研費の使い込みが露呈した国立がん研究センター、製薬企業との癒着が発覚した東大病院などである。
 この10年、「選択と集中」というかけ声のもと、東大や国立がん研究センターには巨額の研究予算がつけられ、一連の腐敗を招いた。ところが、厚労省は、何ら反省することなく、今後もこのような機関を中核に据えるようだ。
 注目すべきは、このような施設の多くが東京か、その近郊に存在することだ。地方大学や医療機関の予算を削減し、東京の中核施設に回してきたという見方も可能だ。
 安倍政権は「地方再生」をテーマに掲げている。わが国には、東京以外にも優れた大学や医療機関はあまた存在する。このような組織を重点的に支援し、医療や教育を通じて地方再生を目指してはどうだろう。千葉県鴨川市の亀田総合病院を見てもわかるように、医療は地域の活性化の中核になりうる。
 高齢化が進むわが国で、健康は国民の最大の関心事だ。医療への期待は大きい。また、人口減少が進むわが国で、医療は数少ない内需型の成長産業だ。持続可能な形で、いかに発展させるか、国民的な議論が必要である。

(2015年1月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.16より)

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