医学部の新設―長期的視野に立つ
地に足のついた議論を期待


上 昌広
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
社会連携研究部門特任教授

各地の人材育成で 地元の大学医学部が果たしてきた役割

 東北地方に医学部が新設される。順調にいけば、2016年春には開校予定であり、1979年の琉球大学医学部以来、37年ぶりの新設となる。
 私は医学部新設を検討するにあたっては、単なる医師の数合わせではなく、地域の人材育成の観点から議論してもらいたいと考えている。それは、わが国の歴史を振り返れば、各地の人材育成において、地元の大学医学部が重要な役割を果たしてきたからだ。
 わが国の「名門大学」の多くは戦前に設立されている。東大をはじめとした旧7帝大や早慶など、いずれもそうだ。終戦時、わが国は19の国立(官立)大学が存在したが(外地を除く)、いずれも、現在でも「名門大学」として地元に有為な人材を輩出している。
 国立大学の序列は、しばしば文科省からの運営交付金で評価される。一般論として、予算規模が大きい大学ほど、政府が重視していると言っても差し支えはない。
 例年の運営交付金のランキングを見ると、トップ18は、戦前に設立された大学が名を連ね、19位になって、やっと「戦後生まれ」の東京医科歯科大学が登場する。この大学は、1928年に設立された東京高等歯科医学校が、戦後の学制改革で大学へと昇格したものだ。以上の事実は、戦前からの大学の序列が今でも残っていることを意味する。
 ちなみに、戦前に設立された大学の中で、唯一、予算規模が小さいのは一橋大学だけだ。経済学部を中心とした文系大学である。
 戦前に設立された19の官立大学のうち、7帝大(北海道・東北・東京・名古屋・京都・大阪・九州)には、戦前から医学部が存在した。さらに6つの官立医科大学が存在した(新潟・千葉・金沢・岡山・長崎・熊本)。実に19の官立大学のうち、13大学には戦前から医学部が存在し、各大学の中で大きな影響力を及ぼしてきた。現在でも、これら13大学のうち、7大学では医学部出身者が学長を務めている。「名門大学」の多くでは、今でも医学部が力を持っていることになる。
 私は、このような傾向は、今後、ますます強まると予想している。なぜなら、高齢化に伴い、医療ニーズが高まるからだ。このため、医師だけでなく、大勢のコメディカルを養成しなければならなくなる。コメディカルの養成には医学部の協力が欠かせない。
 これまでも医療専門職の養成において、医学部が果たしてきた役割は大きい。たとえば、東京大学の場合、1958年まで薬学部は「医学部薬学科」であった。
 看護については、現在でも医学部保健学科が担当している。看護学の重要性を鑑みれば、看護学部として独立させ、十分な資源を投資すべきだ。現在も「医学科の風下(保健学科OB)」に甘んじているのは、看護師の養成に病院実習が必要なこと以外に、その養成課程を整備するにあたり、医師の力を借りた歴史的経緯が影響しているのだろう。

地域の雇用確保には、医療や介護分野の充実が欠かせない

 コメディカルは多様だ。歴史がある看護師養成でも、このような状況だから、他は推して知るべしである。現状では医師の協力なしでは進まない。このような背景を考えれば、ある程度の医師がいない地域では、十分なコメディカルを養成することは難しい。
 このことは、各地のコメディカルの数は、医師数と相関することでも裏付けられる。たとえば、人口10万人当たりの就業している正看護師の数がもっとも多いのは、高知県(1663人)であり、もっとも少ない埼玉県(692人)の倍以上である。ちなみに、高知県は、人口当たりの医師数が全国6位、埼玉県は最下位である。このような状況は、管理栄養士や理学療法士などの他のコメディカルも変わらない。
 コメディカル不足は、地域の雇用に影響する。6月7日、朝日新聞は、埼玉県の4月の求人倍率は0・72倍だったと報じた。アベノミクスの影響だろうか、昨年の同時期より0・13ポイント改善したものの、沖縄県に次いで全国46位だった。埼玉県内には西武鉄道やロッテなどの大企業があるのに、十分な雇用を確保できていない。
 これは、埼玉県は医師不足が深刻で、医療分野で十分な雇用を提供できていないことと無関係ではなかろう。安倍政権誕生後、円安が進み、一部の製造業は勢いを取り戻した。ただ、これはあくまで一過性のものだ。長期的には、製造業の海外移転が進み、工場誘致だけでは地域の雇用を確保できなくなる。地域の雇用確保には、今後、ニーズが増える医療や介護分野の充実が欠かせない。

医師以外の専門家は「地産地消」―一刻も早くコメディカルの養成を

 読者の中には、「政府が主導して、コメディカルを計画的に配置すればいい」とお考えの方もおられるだろう。ところが、それは「絵に描いた餅」だ。その理由は、コメディカルは、あまり国内を移動しないからだ。
 たとえば、南相馬市立総合病院では、看護師不足が深刻で、一部の病棟が閉鎖されたままだ。看護師の多くが女性で、「被災地を支援しよう」と思う人がいても、現実には家庭や育児のため、地元を離れることが難しい。この事実は、政府が「強制配置」を計画しても、効果は見込めないことを示唆する。状況は、他のコメディカルも変わらない。
 一方、医師の動きはまったく違う。東日本大震災以降、同病院では、常勤医は震災前の12名から24名まで増加した。多くは、被災地を支援すべく福島県外から移ってきた医師たちだ。
 状況は世界も同じだ。米国など先進国は、発展途上国からの医師を吸収することで国内の医師不足を緩和している。どうやら、医師は、自己実現のため、国境を越えても移動するようだ。将来、海外の医師免許がわが国でも通用するようになれば、アジア諸国から医師が流入する可能性が高い。
 一方、コメディカルを充足させるには、地元で地道に養成するしかない。それには時間がかかる。一刻も早く始めなければならない。
 幸いなことに、コメディカルを志望する若者は多い。業務独占の国家資格であり、一旦資格をとれば、食うには困らないことも関係あるだろう。問題は、医師不足地域での養成機関が少ないことだ。今回の医学部新設では、コメディカル養成まで含めて議論すべきだ。
 わが国の高齢化は深刻だ。今後、わが国は人口減少が進み、医療や介護問題は、やがて緩和されると主張する専門家もいるが、これは正しくない。75歳以上の後期高齢者の実数が、2010年レベルになるのは実に2099年である。一方、若年者人口は減少する。21世紀のわが国は「超高齢化問題」から逃れることができない。
 そこで必要になるのは、医療や介護の専門家だ。わが国の歴史を振り返れば、医師以外の専門家は「地産地消」であり、その養成には医学部が大きな役割を果たしてきた。今後、東北地方以外でも医学部新設が進むだろう。その際には、長期的視野に立つ、地に足のついた議論を期待したい。

(2014年7月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.14より)

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