一般書籍・学術・医療情報誌出版

日本は未曾有の高齢化を迎える。
南相馬市の経験から何を学ぶか


上 昌広
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
社会連携研究部門特任教授

南相馬市では、高齢化の進行に合わせ、医療体制が大きく変わり つつある

 東日本大震災から3年目の春を迎えた。私は、相変わらず、福島の医療支援を続けている。
 3年間の活動を振り返って実感するのは、福島がゆっくりだが、着実に復興していることだ。医療も例外ではない。多くの若い医師が現地に移り住み、診療を始めている。何が、彼らを被災地に誘うのだろうか。
 昨年12月から南相馬市立総合病院で研修し、4月から相馬中央病院で勤務する森田知宏医師(26歳)は「被災地は、わが国の将来の医療の鏡」と言う。
 彼が注目するのは、被災地の人口構成の変化だ。たとえば、南相馬市では震災後、若年人口が大幅に減少し、高齢化率(65歳以上の人口割合)は震災前の25%から33%へと上昇した。町を歩いていても、高齢者が目立つ。
 被災地で高齢化が加速していることは、しばしばメディアでも報じられ、今や周知の事実だ。ところが、高齢化は南相馬市に限った話ではない。実は高齢化率33%という数字は、2035年のわが国の平均だ。東京でさえ、2050年には33%に達する。現在、南相馬市で起こっていることは、早晩、全国で起こるはずだ。その意味では、南相馬市は「課題先進地域」と言うことも可能である。
 では、被災地では、どのようなことが起こっているのだろうか。南相馬市では、高齢化の進行に合わせ、医療体制が大きく変わりつつある。
 まずは、入院治療から在宅医療へのシフトである。これは、厚労省の政策誘導と同じだが、その理由は「患者の満足度を高めるため」ではない。
 南相馬市立総合病院で共に研修した森田麻里子医師(26歳、前述の森田知宏医師の妻、4月から仙台厚生病院麻酔科に勤務)は、「震災後、南相馬市では看護師不足が加速したため、多くの看護師を必要とする入院治療の提供は制限せざるを得なくなった」と言う。
 確かに、南相馬市で最大の南相馬市立総合病院の医師数は、震災前を遙かに上回っている。東京や関西など医師が多い地域から移ってきたためだ。ところが、一部の病棟は閉鎖されたままである。看護師が足りないからだ。特に交代勤務が可能な若手看護師の数が足りない。原発事故後、子育て世代の看護師が離職した分を十分にカバーできていないからだ。この状況は、被災地を支援すべく全国から医師が集まってきたこととは対照的だ。どうやら、看護師は医師ほど流動性が高くないようだ。

遠くない将来、関東圏は深刻な看護師不足が問題となる

 実は東京も看護師不足は深刻だ。人口10万人あたりの看護指数は833人に過ぎず、全国47都道府県の中で44位である。東京より人口当たりの看護師が少ないのは、埼玉、神奈川、千葉県など東京近郊の県ばかりだ。東京は人口当たりの看護師養成数も少なく、この状況は容易に改善しない。そう遠くない将来、関東圏は深刻な看護師不足が問題となる。
 話を南相馬市に戻そう。看護師不足のため、南相馬市立総合病院では、一部の病床を稼働できておらず、急性期疾患の治療に十分に対応できていない。このため、一部の患者さんは、50〜80キロも離れた福島市や仙台市の病院まで搬送せざるをえず、医療関係者・患者双方にとって大きな負担となっている。
 一方、在宅医療の推進は目覚ましい。たとえば、震災前は外科の専門医であった南相馬市立総合病院の根本剛医師は、在宅医療に専門分野を変えた。入院診療と比較して、在宅医療は看護師の必要性が低いからだ。看護師不足の地域では、在宅医療に頼らざるを得ない。
 では、在宅医療を進める上で、何が重要になるのだろうか。それは地縁・血縁社会が機能するか否かだ。医師・看護師不足の状況で、在宅医療を行う場合、どうしても家族の負担は大きくなる。家族の負担を緩和するのが、地縁・血縁ネットワークだ。幸い、南相馬市には、良質な地縁・血縁ネットワークが残っている。阪神大震災と比較して、この地域で孤独死や自殺が少ないことは、その証左だ。今後、このようなコミュニティーをどう再生させるかが、高齢化社会の医療体制を整備するうえで重要である。

医師による被災地での活動が地域の一体感を強めている―南相馬市の経験から何を学ぶか

 被災地で、在宅医療の推進と並び、重要視されているのが疾病予防だ。その象徴が仮設住宅の住民の健康管理である。たとえば、南相馬市立総合病院では、医師が仮設住宅に出向き、健康講話を続けている。前出の森田麻里子医師は、「これまでに36回、約400人の方に話しました」と言う。健康講話は一定の効果をあげているようだ。森田麻里子医師は、「健康講話を聞いて、味噌汁を1日3杯から1杯に減らしたという方もいました」と言う。
 住民と会話をするうちに、病気だけでなく、それぞれの生活が見えてくる。社会の一員として患者さんを見るようになる。また、医師による、このような活動が地域の一体感を強めている。高齢者の最大の関心事は健康であり、健康について、1人の医師から一緒に学ぶことで情報交換が進む。おそらく、このような役割こそ、高齢化社会において、医師に求められるのだろう。
 福島では、わが国が30年かけて起こる変化を、わずか数年で経験することになった。医療現場には大きな混乱が生じている。ただ、この混乱は近い将来、わが国の他の地域でも経験するものだ。特に大勢の団塊世代を抱える首都圏は深刻だ。現在でさえ、医師や看護師が不足しており、さらに地域ネットワークも弱い。果たして、このような地域は何をすればいいのだろうか?
 私は、地道に医療関係者を養成すること、地域社会を強化するしかないと思う。東北地方では、昭和54年の琉球大学以来、36年ぶりに医学部が新設されることが決まった。おそらく宮城県にできるだろう。これに触発されたのか、福島県いわき市の市議会でも、医学部誘致が検討された。最終的に、この提案は否決されたが、この流れは他の自治体にも波及するだろう。医学部が新設されれば、看護師をはじめ、コメディカルの養成も加速する。そして、彼らが地域に介入することで、地域のネットワークが強化される。
 まったく同じことを関東でもやればいい。すでに成田市や神奈川県では医学部新設の声があがっている。地元の医師会や大学医学部が反対し、調整に難航しているようだが、住民たちが問題を認識すれば、やがて合意が形成されるだろう。まさに宮城県の医学部新設が辿った道のりである。わが国は未曾有の高齢化を迎える。そのために何をすべきか。南相馬市の経験は示唆に富む。

(2014年4月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.13より)

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