シリーズ 先端医療 ―樹状細胞療法― ⑱
難治がん・転移がんの集中治療・往診治療
登場『ニボルマブ』 がん治療の大転換
~表舞台に立った免疫新薬〜
星野泰三
東京・大阪・京都統合医療ビレッジグループ 理事長・プルミエールクリニック院長
がんの3大治療(外科手術・放射線治療・化学療法)には副作用があり、治療の限界があるのはよく知られています。そして、30年以上前より、免疫力、すなわち自己治癒力が注目を集め、免疫療法が大きな期待を背負ってきたのです。その免疫療法の領域では、近年になり、樹状細胞治療やペプチドワクチンも登場してきました。
そんななか、免疫療法の切り札となる免疫チェックポイント阻害剤・ニボルマブが開発から約15年を費やし、実用化されるようになったのです。今回は、そのニボルマブの威力と素晴らしさを解説します。
発想の大転換
2015年4月、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学キンメルがんセンターの研究チームが、免疫チェック阻害剤に関する研究結果を発表しました。その内容は、次のようなものでした。
従来の治療法では手の施しようがないタイプの乳がんに冒され、他の部位にも転移している患者さん21人に対し免疫チェックポイント阻害剤を投与した。すると4分の1以上の患者さんに効果が認められ、そのうち2人はがん細胞が縮小し、他の2人は寛解(がん細胞が検出されない状態)になった。
では、免疫チェックポイント阻害剤とは、どのような薬なのでしょうか? この薬剤は免疫療法の1つに考えられます。
ご存知のように、免疫療法はがんの3大治療に次ぐ、あるいはそれらを凌ぐ「第4の治療」と言われています。従来の免疫療法は、患者さんの免疫力をアップさせ、がん細胞への攻撃力を強化することに主眼が置かれていました。しかし、免疫チェックポイント阻害剤は、その考えとは異なる「発想の大転換」がされています。
免疫細胞は、一般的に、ウイルスや細菌など外部からの異物や、がん細胞など体内の異物を排除しようとする働きがあります。しかし、がん細胞の表面にある「PD–L1」というタンパク質が、免疫細胞の分子「PD–1」に働きかけると、免疫の攻撃にブレーキがかかってしまうのが明らかになってきました。この対応関係は「免疫チェックポイント」と称されています。
元来、PD–1は免疫系の暴走を抑制するためのものなのですが、がん細胞がその機序を逆手にとって、免疫系の働きにブレーキをかける仕組みを獲得してしまっているのです。その免疫チェックポイントを無効にして、免疫細胞を〝覚醒〟させ、がん細胞を攻撃できるようにするのが免疫チェックポイント阻害剤なのです(図参照)。
図 免疫チェックポイント阻害剤の働き
革新的効果
ニボルマブに代表される免疫チェックポイント阻害剤は、大きな注目を集めています。最近では、世界中の研究機関において、その有効性が検証されています。
たとえば、日本国内の製薬会社の研究によると、切除不可能で転移のあるメラノーマ(悪性黒色腫)の末期の患者さんたちにニボルマブを投与したところ、そのうちの43%でがん細胞の増大がストップしました。しかも、その23%(全体の1割)で腫瘍が消失、あるいは腫瘍が縮小するといった効果が現れたそうです。
また、アメリカのがん研究機関では、免疫チェックポイント阻害剤の投与によって、研究対象となったがん患者さんの61%のがん細胞が縮小し、患者さんの22%で寛解の状態になったと言います。
アメリカの名門大学の研究チームによれば、他の治療法で効果を得られなかった進行性の非小細胞肺がんの患者さんの半分以上のがん細胞の中に「PD–L1」が現れていて、そのうちの45%で免疫チェックポイント阻害剤の効果が確認できたと発表しています。
さらには、アメリカの製薬会社の研究でも、免疫チェックポイント阻害剤によって、化学療法の効果がない、他の臓器から転移した末期である、といった肺がんの患者さんの死亡リスクを、既存の抗がん剤と比べて4割も低減したそうです。
他にも、欧米の研究機関は、白血病・前立腺がん・卵巣がん・膀胱がん……などのさまざまながん種に、免疫チェックポイント阻害剤の効果がある可能性を示唆しています。
このように革新的効果が報告されている免疫チェックポイント阻害剤ですが、現在、手術など従来の治療法で十分に対処できるがん種より、悪性黒色腫や肺がんといった他の治療が難しいがん種への臨床試験が優先されています。
しかし、今後は、悪性黒色腫や肺がん以外のがん種でも、可能性が確認されると言われています。事実、胃がん・腎細胞がん・頭頸部がん・食道がん・脳腫瘍・膀胱がん・白血病……など20以上のがん種で臨床試験がスタートしています。
ニボルマブは、静脈から1時間以上かけて点滴注射で投与します。その投与量は、患者さんの体重によって決定します。投与スケジュールでは、ニボルマブを投与した翌日から20日間は休薬することになっています。そして、投与日と休薬期間を併せた21日間を1サイクルとして、投与を繰り返すのです。
こうして投与されたニボルマブは、抗がん剤治療と比べて耐性が付きにくく、効果が長持ちします。ですから、今後、免疫チェックポイント阻害剤を用いた治療が第1の選択肢となり、副作用が少なくない3大治療に取って代わる可能性もあるのです。免疫チェックポイント阻害剤・ニボルマブの登場によって、がん治療は新しい時代に突入していると言っても過言ではありません。
注意・注目すべきこと
その効果が多くの人の耳目を集めているニボルマブですが、使用に際して慎重に検討しなければいけないケースがあります。それは、自己免疫疾患に罹ったことがある人、間質性肺疾患に罹ったことがある人です。
また、ニボルマブの副作用としては、間質性肺疾患や肝機能障害・肝炎、甲状腺機能障害が挙げられます。そのなかでも、空気を取り込む肺胞が炎症を起こす間質性肺疾患は、空気を十分に取り込めないようになり、生命に危機を及ぼします。この疾患の初期症状は、痰のない乾いた咳が出る・息切れがする・呼吸がしにくい・発熱です。これらの症状が現れたら主治医に相談することをお勧めします。
さらに言えば、間質性肺疾患を起こしやすいとされるのは、次のような方々です。ヘビースモーカーで呼吸機能が低下している。放射線による肺炎を起こしている。重度の病気に罹っている。抗がん剤の多剤併用療法中である。
肝機能障害は、血液中の肝酵素(AST・ALT・γ–GTP)の数値が基準値より高い状態です。肝炎は、肝臓に炎症が起こる病気で、食欲がない、発熱、発疹、黄疸、疲れやすい、吐き気、嘔吐、痒み……などの症状が現れます。
甲状腺機能障害は、甲状腺機能低下症などのことで、疲れやすい、目蓋がむくむ、いつも眠いといった症状が現れます。
これらの症状が現れたら、間質性肺疾患同様、すぐに主治医に相談するのが得策です。
また、ニボルマブが劇的に効く患者さんもいれば、そうでない患者さんもいます。昨今、その後者の薬剤が効かない患者さんでは、がんを攻撃する免疫細胞自体ががんの周囲に集まってきていないことがわかってきています。そこで、アメリカを中心に、さまざまな方法を駆使し、がんに免疫細胞を集めてからニボルマブを投与する併用療法が進められています。
局所に免疫細胞を集めるという点で、約10年の歴史を持つスパークシャワーリンパ球治療や分子標的樹状細胞治療が効果的です。
スパークシャワーリンパ球治療は、リンパ球治療を行う前に、目標となるがんに対し電離シャワー温熱によって腫瘍加熱を行うものです。そうすることで、がん細胞自体の温度が上昇し、リンパ球が予備的に活性化を始めるのです。その後、活性化したリンパ球を点滴で投与しながらスパークシャワー治療を行うと、抗がん効果が高まるのです。
もう一方の分子標的樹状細胞治療は、患者さんの血液から採取した樹状細胞の基となる単球を体外で培養し、複数のサイトカイン(細胞の増殖や活性化に関わるタンパク質)や人工抗原(がん細胞の目印となる物質)、分子標的処理、あるいは免疫賦活剤などを用いて改良した分子標的樹状細胞を患者さんの体内に還元する治療法です。治療後は活性化された患者さん自身の免疫力によって、がんを退縮、あるいは消失させることを目指します。
したがって、ニボルマブの効果が見られない患者さんは、スパークシャワーリンパ球治療や分子標的樹状細胞治療を併用するのが良策だと考えられます。
このように、免疫チェックポイント阻害剤の登場により、最新の免疫細胞治療の重要性が再確認されているのです。
(2015年7月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.18より)
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(出所:厚生労働省ホームページより「がん医療」関連に限定して転載)