シリーズ 先端医療 ―樹状細胞療法― ⑰
難治がん・転移がんの集中治療・往診治療
〝壁〟を破れば、がんは縮小する
~免疫治療の大転換〜
星野泰三
東京・大阪・京都統合医療ビレッジグループ 理事長・プルミエールクリニック院長
以前、がんの免疫治療は、NK(ナチュラルキラー)細胞やキラーT細胞(CTL)といった、言うなれば「勇ましい免疫細胞」が主役を担い、攻撃力を高める方法が中心でした。しかし、現在、免疫治療、あるいは化学療法において、がんの周囲の〝壁〟を壊し、がんを剥き出しにする免疫治療が主流になっています。
なぜ、がんが手強いのかと言えば、次々に増殖してくるという特徴が挙げられます。さらに、がんが強力になってしまうのは、結局、がんが〝壁〟を構築してしまうからだと考えられています。
今回は、「〝壁〟を破れば、がんは縮小する」というお話をします。
がんそのものでなく、 まず〝壁〟を狙え
ご存知のように、がんの標準治療には、手術・化学療法(抗がん剤治療)・放射線治療が3大治療とされています。そのなかの化学療法に対する考え方が、昨今、変わってきています。
元々、抗がん剤は、マスタードガスという化学兵器を元に開発された薬剤です。本来、人に使用すれば多大な害をもたらす化学兵器を元につくられた抗がん剤ですから、それを敬遠する自然主義のがん患者さんは少なくありません。
2年ほど前に、WHO(世界保健機関)が抗がん剤の害毒に対する警告を発しています。すなわち、抗がん剤は、永続的に使うものではなく、たとえば手術前に腫瘍を縮小しなければいけないなど、どうしても必要な急場で期間を区切って使うものだと言えます。
そのような抗がん剤に代わって、昨今、分子標的薬が多くの人の耳目を集めるようになりました。分子標的薬は、がん細胞が持つ特異的な性質を分子レベルで捉え、それを標的として効率よく作用します。そのため、副作用をより少なく抑えながら治療効果を高めることが期待できます。要は、分子標的薬は人類の本来の抗がん剤なのです。
さらに、免疫を使ってがん細胞を攻撃する新たな免疫治療薬「抗PD–1抗体」が実用化されました。このように、がん治療の主力は、免疫治療に大きく転換しつつあるのです。
また、がんには「がん抗原」という目印があります。後述する〝ペプチドワクチン・樹状細胞〟を用いた治療を行い、そのがん抗原の〝鍵穴〟に樹状細胞の〝鍵〟がぴたりとはまれば、ワクチンが感作して、がんは治る方向へと進んでいきます。しかし、本来、治るはずのものが治らないことが多々あります。
初期のがんは〝正直者〟ですから、自身の抗原を隠そうとしません。ですから、細胞の表面にはがん抗原がたくさんあります。免疫細胞はその目印を捉えてがんを叩くのです。
ところが、免疫に叩かれ続けながらも生き延びた進行性のがんは、その都度賢くなっており、がん抗原を隠すようになります。さらに、自らの周囲に〝壁〟をつくり、免疫細胞に対する抵抗性を獲得し、免疫を跳ね返すようになるのです。
その〝壁〟には、繊維や血管など肉眼で捉えることができる「物理的壁」と、免疫をブロックする「生理的壁」があります。どちらにしても、がん治療の効果を高めるためには、そのような〝壁〟を破る工夫が必要です(図1)。
図1 がんの壁
その〝壁〟を突破してがんを丸裸にするために、以前より、低用量抗がん剤治療や放射線治療、温熱治療……などが用いられてきました。
それと、がんの壁は、間質と液性因子に大別できます。
間質のなかには、Treg(制御性T細胞)や繊維芽細胞などが存在しています。とくにTregは壁の中心とされ、繊維芽細胞や液性の抑制因子の働きを支配しています。ちなみに、胃がん・膵がん・乳がん・悪性リンパ腫・卵巣がんといったがん種では、Tregの局所集積が多いほど、つまり〝壁〟が厚いほど予後(生存率)が不良になると言われています。
がんが〝壁〟を築くにあたり、きわめて重要な因子とされているのが液性因子「TGF–β(トランスフォーミング増殖因子ベータ)」です。その他の液性因子としては、IL(インターロイキン)–10やPGE(プロスタグランジンE)2、VEGFなどが挙げられます。IL–10は免疫バランスを悪化させる作用があり、PGE2は疲労物質で、VEGFはがんの血管内皮細胞を増殖させます。
注目される分子PD–1
がん細胞を特異的に攻撃できるT細胞の表面上には、抑制性のシグナルを伝達する「免疫チェックポイント」と呼ばれる分子(CTLA–4、PD–1/PDL–1)が発現しています。
この免疫チェックポイント分子は、元々、体の中で起こったアレルギーや炎症を止めるなど、T細胞が過剰に活性化しすぎて暴走しないようにブレーキをかける役目を担っています。その機能をがんが巧妙に利用し、T細胞を抑制することによって攻撃から逃れているのです。
こういったがん細胞による抵抗を解除し、再び免疫細胞の働きを活発にしてがん細胞を攻撃できるようにする免疫チェックポイント阻害療法が、今注目を集めています。
その1つとして、ナイーブT細胞(抗原刺激を未だ受けていないT細胞)の活性化段階に作用するCTLA–4分子を抑制する抗CTLA–4抗体療法においては、数カ月経過した後に効果が現れる場合があります。たとえば、画像上の腫瘍径が一時的に増大した後に治療効果が現れる症例や、腫瘍が完全に消失しないまま長期生存する症例も認められています。
つまり、免疫治療を行えば、抗体や免疫細胞が一時的にがんの周りに付着し、画像上、一時的に腫瘍が肥大化したように見えます。それは、がんが活発になったのとは異なります。免疫治療によって、がんが速やかに小さくなる場合もあれば、ある程度増殖が抑えられてから、後々、小さくなることもあるのです。そこを見分けるのは容易ではありません。
いずれにしても、免疫治療の場合、速やかに効果を判定するというより、半年ほどしないと正しい効果がわからないということです。
がんの黎明期とでもいうべき、若いがんがたくさんできている状態では、T細胞を含む活性化したリンパ球に発現するPD–1分子をブロックするようになります。そうすると免疫不応答になり、免疫が効きにくくなります。
PD–1分子は、腫瘍に対するT細胞応答において、とくに重要な免疫抑制機構です。というのも、PD–1による免疫抑制がエフェクターT細胞(抗原刺激を受け活性化した細胞)で重点的に作用するのと同時に、そのリガンド(特定の受容体に特異的に結合する物質)であるPD–L1ががん細胞に多く発現しているからです。
そこで、PD–1に結合する免疫チェックポイント阻害薬を利用し、PD–1受容体にPDL–1が結合しないようにします。そうすることで、働きをブロックされていたT細胞が再び活性化してがん細胞を攻撃し、がん細胞が増えるのを食い止めることができるのです。
炎症が起きて、たとえばCRP(炎症や組織細胞の破壊が起こると血清中に増加するタンパク質)の数値が高い場合は、とくにPD–1のスイッチがかかりやすい状態になっています。ですから、その場合は、抗炎症剤、プロスタグランジン(動物組織中の生理活性物質)をブロックするような薬剤もPD–1抗体薬に併用するのが得策です。
それでは現在、PD–1抗体薬はどのようながん種に使用されているのかと言えば、日本では2014年7月にニボルマブが悪性黒色種に対して保険適応承認されました。そして、悪性黒色腫以外にも、非小細胞肺がん、腎細胞がん、大腸がん、卵巣がんなどで、次々と臨床効果において有効性が認められてきています。
〝壁〟を破れば、樹状が主役
前述のような方法でがんの壁を破ると、がんの目印(がん抗原)に対し、樹状細胞とペプチドワクチンが合体したペプチドワクチン・樹状細胞がくっつきます(ステップ1)。さらに、ヘルパーT細胞を介して、樹状細胞によって活性化されたキラーT細胞(CTL)が、同じ目印を持つがんを攻撃します(ステップ2)。どちらかといえば「ステップ2」の作用が大きいです。いずれにしても、樹状細胞が主役であるのは間違いありません(図2)。
図2 樹状細胞の働き
当院では、正常細胞を失わないがん治療の1つとして、ペプチドワクチン・樹状細胞治療を実施しています。
がん患者さんの免疫状態の回復・増強には、キラーT細胞やNK細胞などの活性が不可欠です。これら免疫細胞の活性には樹状細胞が大きく関わっているのです。
樹状細胞は、体内で異質な細胞を捕食することで、がんの特徴(がん抗原)を認識し、攻撃部隊のリンパ球に情報を伝える役目(抗原提示)を担っています。したがって、樹状細胞の培養中にペプチドを取り込んで抗原として覚え込ませれば、キラーT細胞を誘導してがん細胞を選択的に攻撃することが可能になるのです。
従来、「免疫力の強化」という点では、NK細胞で直にがんを攻撃する研究が主流でした。しかし、近年は、ペプチドワクチンを入れた樹状細胞による「免疫力の強化」が最新の研究とされています。
この〝ペプチドワクチン・樹状細胞〟を用いた治療は、がんを治す、あるいは長期間の延命に繋げるものであることがわかってきており、がん3大治療によって免疫力が低下した際の感染症予防はもちろん、がんを叩くためにも必要とされてきています。
(2015年4月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.17より)
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(出所:厚生労働省ホームページより「がん医療」関連に限定して転載)