シリーズ 先端医療 ―樹状細胞療法― ⑯

難治がん・転移がんの集中治療・往診治療
α–リポ酸で免疫抵抗を乗り越える!
~ペプチドワクチン・樹状細胞治療成功の鍵〜


星野泰三
東京・大阪・京都統合医療ビレッジグループ 理事長・プルミエールクリニック院長

 ペプチドワクチンや樹状細胞などを用いた免疫細胞治療が注目されてきています。ところが、がん細胞は多様な免疫抑制機構を獲得することで、その攻撃から逃避することができます。つまり、免疫が「免疫抵抗の〝壁〟」に跳ね返されてしまうことがあるのです。このような現象は、進行した病態のがんで多く見られます。
 免疫細胞治療を成功に導くには、がんの〝壁〟を破ることが大きなカギです。本連載では、その〝壁〟を突破する手立ての1つとして「スパークシャワー治療」を取り上げました(本誌VOL.15参照)。今回は、その第2弾として、以前より当クリニックでがん治療に用いている「α–リポ酸」に関する機序とその効果についてご紹介します。

がんは特別な代謝を持つ

 がんは、代謝を変化させて増殖していく細胞で、まずグルコース(糖)をたくさん取り込み、「解糖系」という代謝経路によって膨大なエネルギーを産生しています。その一方で、ミトコンドリア(動植物や菌類などの細胞に広く含まれている細胞内構造物)での呼吸を抑え、酸素の消費を減らしています。それに伴い、大量に産生された乳酸(酸性物質)が、がん組織周辺を酸化させます。それが正常細胞にダメージを与え、がんの増大・浸潤を助けるのです。
 もちろん、細胞が増殖して生命活動を行うにはエネルギーが不可欠です。そのエネルギーはATP(アデノシン三リン酸)という分子として、細胞内で合成・蓄積されています。
 ATPは、細胞外で最も多く存在する栄養素であるグルコースを分解してつくられます。その際、まず先述の解糖系(細胞質にある嫌気的解糖系=グルコースを嫌気的に分解して乳酸を生成する代謝系)で1分子のグルコースから2分子の「ピルビン酸」という物質を合成する間に、2分子のATPがつくり出されます。
 そして、ピルビン酸は、酸素のある状態ではミトコンドリア内に取り込まれ、TCA回路(クエン酸回路)や「酸化的リン酸化」という呼吸の代謝経路(電子伝達系)によって、さらに多くのATPがつくられます。それに対し、酸素不足の状態でのピルビン酸は、ミトコンドリア内に行くことができません。そのピルビン酸が乳酸をつくり、ATPは解糖系のみで生成されることになります。
 このエネルギー代謝の変化は、酸素によってコントロールされていて、酸素があれば解糖系自体が抑制され、解糖系より効率の良いTCA回路や電子伝達系によるエネルギー産生が主体となるのです(図1参照)。


図1 代謝

 しかし、がん細胞では、酸素が十分に供給されている状態でも、グルコースから乳酸を産生する経路が亢進しています。このメカニズムは、好気的解糖、あるいは発見者であるオットー・ワールブルグ氏の名を冠してワールブルグ効果と呼ばれています。この代謝の変化は、がん細胞の増殖・増大にきわめて有利に働いているのです。
 また、がん細胞ではピルビン酸脱水素酵素(解糖系からTCA回路を結ぶ酵素)の活性が低下しています。そのため、ATPクエン酸リアーゼ(クエン酸とコエンザイムAをアセチルコエンザイムAとオキサロ酢酸に変換する反応を触媒する酵素)の活性が多く発現します。すると、ミトコンドリアでのTCA回路と酸化的リン酸化によるエネルギー産生が低下し、酸素を使わない嫌気性解糖系が亢進します。
 ATPクエン酸リアーゼの活性亢進は脂肪合成を高め、それががん細胞の分裂・増殖に利用されます。ですから、ピルビン酸脱水素酵素の活性を高め、ATPクエン酸リアーゼを阻害することは、がん細胞の増殖抑制の効果があるとされています。
 がん細胞において異常を起こすピルビン酸脱水素酵素とATPクエン酸リアーゼに着目した研究は、すでに行われています。

α–リポ酸でがんの代謝を変えよう!

 α–リポ酸は、心臓・腎臓・肝臓などに多く存在し、細胞内では主にミトコンドリアに存在しています。水溶性・脂溶性の両特性であり、生体内のあらゆる所に局在できます。
 この物質は優れた抗酸化作用を持ち合わせているとともに、生体のエネルギー産生反応における補酵素としての役割を担っています。たとえば、細胞内のミトコンドリアにおいてピルビン酸脱水素酵素によりアセチルコエンザイムAが生成される過程で補酵素として作用します。つまり、先述のTCA回路(クエン酸回路)のピルビン酸脱水素酵素の補助因子として、ミトコンドリアでのエネルギー産生にも大切な役割を果たしています。さらには、酸化型ビタミンCやビタミンE、コエンザイムQ10を還元して再生させる抗酸化作用を持ち合わせています。このように、α–リポ酸は、多くの酵素の補助因子として必要不可欠な体内成分であることがわかっているのです。
 そのα–リポ酸と、クエン酸の誘導体であるヒドロキシクエン酸が、がん治療において効果があると報告されています。その要因は、細胞内の物質代謝やエネルギー産生における、がん細胞の「ピルビン酸脱水素酵素の活性低下」と「ATPクエン酸リアーゼの活性亢進」といった、正常細胞とは異なる特徴にあります。
 ピルビン酸脱水素酵素の活性を高めることでATPクエン酸リアーゼの活性を阻害し、ミトコンドリアでのTCA回路と酸化的リン酸化を正常化させれば、がん細胞はアポトーシス(自然死)を起こしやすくなります。つまり、ピルビン酸脱水素酵素の活性を高めるα–リポ酸と、ATPクエン酸リアーゼの活性を阻害するヒドロキシクエン酸を併用すれば、がん細胞の増殖をより抑制できると考えられるのです。

α–リポ酸で免疫抵抗を崩す!

 先述のように、がんは「免疫抵抗の〝壁〟」をつくります。すると、リンパ球や樹状細胞といった免疫細胞にペプチドワクチンを加えた特異的免疫細胞を用いた治療を行っても、その〝壁〟に跳ね返されてしまいます。その理由として、酸化ストレス・炎症・代謝異常が〝壁〟を育ててしまうことが挙げられます。α–リポ酸は、酸化ストレス・炎症・代謝異常を改善する作用機序を持っています。つまり、この物質は、がんの免疫抵抗を崩す働きがあるということです。
 いくら最新の免疫細胞治療を駆使したからといって、いつもがんをアポトーシスへと導くことができるわけではありません。「免疫抵抗の〝壁〟」が、免疫細胞を阻んでしまうのです。したがって、その〝壁〟を破り、いかに免疫細胞をがん特異的に用いるかが大きなポイントとなるのです(図2参照)。


図2 免疫抵抗の壁

 その意味で、α–リポ酸の摂取は、がんの発生や再発の予防、がん細胞の増殖抑制とアポトーシス誘導、がんの悪性進展の抑制などの効果が報告されています。こうしたα–リポ酸の抗がん作用機序は主に4つあります。
 1つ目は、NF–κBの活性を低下させることです。酸化ストレスや炎症によって活性化される転写因子「NF–κB(エヌエフ・カッパー・ビー)」は、抗がん剤抵抗性やがん細胞の増殖を促進させます。α–リポ酸は、その強い抗酸化作用によってNF–κBの活性を低下させ、抗がん剤が効きやすくしたり、がん細胞の増殖を抑えたりする効果があるのです。
 2つ目は、アポトーシスを阻害する因子「Bcl–2」の発現を抑えることです。そうすることで、アポトーシスを促進する因子「Bax」の発現が高まり、アポトーシスを実行するチトクロームCやAIFのミトコンドリアから核への移行が促されます。これらのシステムによって、がん細胞の増殖が食い止められ、かつアポトーシスが起こりやすくなるのです。
 3つ目は、TCAサイクルのピルビン酸脱水素酵素複合体とアルファケトグルタル酸脱水素酵素複合体を活性化することです。がん細胞はミトコンドリアでの酸化的リン酸化の活性が低下しているため、アポトーシスが起こりにくくなっていると推察されています。TCAサイクルのピルビン酸脱水素酵素複合体とアルファケトグルタル酸脱水素酵素複合体を活性化し、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を高める作用があるα–リポ酸が、がん細胞を死にやすくすることが報告されているのです。
 4つ目は、α–リポ酸が、抗がん剤による神経障害や腎臓障害などの副作用の軽減作用や症状改善の効果があるという報告がされていることです。
 いずれにしても、活性酸素を消去するα–リポ酸は、正常細胞に対しては、酸化ストレスを低下させ、細胞の酸化障害を軽減する抗酸化作用を持ち合わせています。その一方、がん細胞に対しては、がん細胞で低下しているピルビン酸脱水素酵素の活性を促し、TCA回路と酸化的リン酸化による活性酸素の産生が高まり酸化ストレスを増加させます。その結果、がん細胞のアポトーシスを誘導するのです。
 私は、常々、「がんを消すには3つのステップがある」と考えています。
 その1番目は「体質改善」です。2番目が「がんの〝壁〟を破る」、3番目が「抗がん免疫力をアップさせる」です。当クリニックのがん治療は、この3つのステップを順序通りにスピーディーに行います。
 その意味で、α–リポ酸を用いた治療は、前回、ご紹介した「スパークシャワー治療」と同様、1ステップ目から3ステップ目へとつなげる、大事な2ステップ目の治療だと捉えています。
 α–リポ酸を用いた治療で「がんの〝壁〟」を壊した後に、強い抗がん効果を持つ免疫細胞治療を実施します。もちろん、免疫抵抗を崩しているのといないのとでは、免疫細胞治療の効果に違いが出てくるのは言うまでもありません。

(2015年1月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.16より)

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