シリーズ 治療効果をプラスする「最新のがん治療」
~さまざまながん種に対する免疫細胞療法の効果~
第2回 膵臓がん
加藤洋一
新横浜かとうクリニック院長
私が院長を務める新横浜かとうクリニックでは、通院抗がん剤治療や免疫細胞療法、温熱治療、がん遺伝子検査などを駆使し、がん患者さんへの治療を行っている。その治療のコンセプトは「治療効果をプラスする治療法がある」。つまり、標準治療に他の治療をプラスし、少なくとも生存率を70~80%まで引き上げることを目指しているのだ。その切り札の1つである免疫細胞療法として、活性化自己リンパ球療法、がんペプチドを使った樹状細胞ワクチン療法、WT1 CTL療法などを実践している。
本連載では、これらの免疫細胞療法がそれぞれのがん種にどのような効果をもたらしたのかというがん種別の症例を治療方針と共に紹介していく。第2回は、難治性として知られる膵がんを取り上げてみたい。
手術不能な膵がんへの治療として注目される樹状細胞ワクチン療法
当クリニックでは、標準治療に最新世代のがん免疫療法を加えることで、標準治療だけでは克服がきわめて困難な膵がんの治療を行っている。
そのがん免疫療法には、第1世代のBRM療法、第2世代のサイトカイン療法、第3世代の細胞を利用したがん免疫療法(NK細胞療法や活性化自己リンパ球療法などの非特異的免疫細胞療法)、そして第4世代のがん免疫療法であるがん標的免疫療法(樹状細胞ワクチン療法をはじめとする特異的免疫療法など)がある。
このようにさまざまながん免疫療法のなかで膵がんに対しては、「最新世代のがん免疫療法である樹状細胞ワクチン療法が臨床的に有益の可能性がある」ということが国内外のがん治療研究で明らかになっている。当クリニックでは、その樹状細胞ワクチン療法を提供できる体制を早くから整えている。
膵臓は体の奥にあるため異変を発見しにくい臓器で、そこにがんが発見されたときには、すでに進行していることが少なくない。加えて、膵がんはかなり早い時期から遠隔転移を起こしやすいので、周囲の組織に浸潤しやすい性質を持ち合わせていると言えよう。したがって、発見時には手術が不可能な状態に陥っていることが多々あるのである。
手術ができない場合の膵がんの治療法としてはジェムザールによる抗がん剤治療があるものの、この治療法による平均生存期間は約9カ月で、これに放射線治療を加えても平均生存期間は約11カ月。どちらにしても、体への負担が大きな副作用が付きまとい、それほど長い生存期間の延長が見られるわけでもない。
そこで注目されるのが、従来の膵がんに対する治療への、併用樹状細胞ワクチン療法・活性化自己リンパ球療法といった免疫細胞療法の併用なのである。
欧州の抗がん剤療法に免疫細胞療法を加え、切除不能の膵がんに対処
膵がんは、60歳前後から増加し、高齢者ほど高い傾向が見られる。また、比較的、男性に多いがん種で、罹患率は女性の1・7倍にも上っている。
人間の膵臓は、成人で長さ15㎝程度のくさび型をしており、その部位によって、膵頭部(膵臓の右側)・膵体部・膵尾部(膵臓の中程から左側)に分けられる。
膵がんの自覚症状としては、背部痛や食欲不振、体重減少、黄疸、腰痛、消化管出血などがある。臨床検査には膵逸脱酵素・血清ビリルビン・胆道系酵素・腫瘍マーカーなどが、画像診断には超音波・CT・内視鏡的膵胆管造影・超音波内視鏡・PETなどが用いられる。
膵がんにおいて、完治が期待できる治療法は、病巣部を手術によって摘出することだが、その摘出手術が行えるのは病期がⅠ~Ⅲまでとされている。それ以外の手術が不可能な場合は、放射線や抗がん剤を用いた治療を行うことになる。
現在、その切除不能進行膵がんに対する標準治療薬はジェムザールであるが、難治がんと言われる膵がんを完全に消し去るものではない。そこで、ジェムザールを上回る効果を目指し、世界中で新しい化学療法の研究・開発が進められている。
そんななか、日本国内では2006年8月に日本発の内服抗がん剤であるTS–1が膵がんに対する適応を取得し、ジェムザールと併用した第Ⅱ相試験では良好な奏効率が示された。
また、2011年のASCO(米国臨床腫瘍学会)において「日本および台湾の切除不能進行膵がんに対するジェムザール+TS–1併用、TS–1単剤、およびジェムザール単剤の第Ⅲ相試験:GEST試験」についての発表が行われている。
従来は、切除不能進行膵がんに対するファーストライン(第1選択薬)にジェムザール、セカンドライン(第2選択薬)にTS–1単独か、ジェムザールとTS–1の併用が常識となっていた。だが、GEST試験以降は、標準治療としてファーストラインにジェムザールを単独で用いても、TS–1を用いても、ジェムザールとTS–1の併用も無増悪生存期間(病勢の進行が見られない状態で患者さんが生存している期間)に有意な差が見られないというのが日本での常識となった。そのため、日本では、切除不能進行膵がんに対するファーストラインには、ジェムザール単独かTS–1単独か、あるいはジェムザールとTS–1の併用が用いられるようになってきている。
ただし、欧州では、切除不能の進行・再発の結腸・直腸がんに対して用いられるエルプラットをジェムザールと併用することが主流になってきている。
そこで、私は、ジェムザール単独で効果が現れなければ、ジェムザールにエルプラットを、あるいはTS–1にエルプラットを併用させる方法をとっている。そして、当クリニックでは、これらの抗がん剤療法に樹状細胞ワクチン療法や活性化自己リンパ球療法をプラスすることにしている(樹状細胞ワクチン療法については本誌特集の26~29ページを参照してください)。
また、膵がんに対する放射線療法に関しては、当クリニックでは積極的に行っていない。というのも、膵臓は放射線治療によって膵炎を起こしやすく、仮に膵炎を起こしてしまうと、がん治療としては手立てが乏しくなってしまうからである。そこが膵がんに対する放射線療法の難しい点である。
膵がんに対する免疫細胞療法の症例
当クリニックにおいての膵がんにおける免疫細胞療法の症例は、2011年11月現在、222例である。今回は、その一部を取り上げてみた。
最初の症例は60歳代の男性のAさん。2011年2月に黄疸が現れて地元の病院を受診し、膵臓の膵頭部にがんが見つかった。3月に大学病院に転院し、膵頭十二指腸切除術を受けた。その手術中に腹膜播種が見つかり、病期はⅣBという診断が出た。手術後はジェムザールによる治療を行っていた。
Aさんが当クリニックを受診してからは、ジェムザールに加え、WT1樹状細胞ワクチン療法と活性化自己リンパ球療法を約3カ月にわたり1クール(5回)行った。その結果、手術後に75・9だったCA19–9(消化器がんの腫瘍マーカー)は3・1まで低下し、CT上では腹膜播種が消失していた。加えて、再発も見られなかったことからCR(完全寛解)と判断された。現在、抗がん剤治療も免疫細胞療法も行わず、経過観察中である。
2つ目の症例の患者さんであるBさんは60歳代の女性。2010年12月に下痢や倦怠感、体重減少があり、地元の病院を受診したところ、膵頭部にがんが見つかった。そのがんはリンパ節への転移や脾動静脈・門脈・腹腔動脈への浸潤をしていて、腹水も引き起こしていた。加えて、腫瘍は5㎝もあり、手術ができない状態であった。主治医からは「病期はⅣ期で、ジェムザールによる治療を行っても、余命は半年しかない」と告げられた。
そこで当クリニックにおいて、ジェムザールに加え、WT1樹状細胞ワクチン療法と活性化自己リンパ球療法を行った。
その結果、腫瘍は5㎝から2㎝に退縮し(写真1)、CA19–9は2200から120まで低下した。
写真1 60歳代女性(膵がん)
3つ目の症例の患者さんであるCさんは60歳代の女性。2009年6月に鳩尾のあたりに痛みを覚えてさまざま医療機関を受診。その3カ月後に内視鏡下生検で膵頭部〜体部にがんが見つかった。腹膜播種による腹水もあり、病期はⅣbであった。
2009年11月からジェムザールによる治療を開始し、翌月からWT1樹状細胞ワクチン療法と活性化自己リンパ球療法を併用した。その結果、現在、腹水がなくなった状態で、日常生活を送っている(写真2)。
写真2 60歳代女性。樹状細胞ワクチンとジェムザールによる治療例
4つ目の症例の患者さんであるDさんは60歳代の女性。2010年2月から背中の痛みと体重減少に悩んでいて地元の病院を受診したところ膵尾部にがんが見つかった。さらに腹膜播種も起こしていて病期はⅣという診断を受けた。
当クリニックでは同年4月からジェムザールによる治療を開始し、翌月からMUC1樹状細胞療法と活性化自己リンパ球療法を行った。その結果、PET上は完全寛解の状態が続いている(写真3)。
写真3 60歳代女性の膵臓がん(治療前と治療後)
5つ目の症例の患者さんであるEさんは70歳代の男性。この患者さんは2007年に膵臓がんのⅣ期の診断を受け、同年10月に膵頭十二指腸切除の手術を受けたものの2009年9月に両肺への転移が認められた。その後、TS–1による抗がん剤治療を開始したが、2010年1月に腎不全が悪化したためその使用を中止した。
Eさんが当クリニックを受診したのは2010年3月。翌月から3カ月間にわたりWT1樹状細胞ワクチン療法と活性化自己リンパ球療法を行った。同年12月と翌2011年3月に右と左の肺転移を切除する手術を受けた。現在は再発もなく元気に日常生活を送っている。
このように、膵がんに罹患した5人の患者さんの病状が良好な方向に進んだ大きな要因としては、体内にあるがんを退縮させることができたことはもちろん、新しいがんをつくらせなかったことが挙げられる。
たとえば、肝転移や肺転移の場合は、発見したときに切除しても3カ月以内に再発・転移する可能性が高いので、すぐに手術を行わない。したがって、転移した場合、たとえば半年以上が経って新たに病変が出てこなければ、そのがんを切除してもすぐに再発・転移することは少ない。いずれにしても、抗がん剤治療を半年間続けるよりも、半年や1年に1回、部分切除するほうが、体には負担が少ない、ということが言えるのではないだろうか。
当クリニックを受診するがん患者さんは進行・再発したがんを抱えているケースが多い。それでも、当クリニックのがん治療における「いかに1年間、がんを抑え込むか」というテーマに則って、その1年を2年・3年へと繋げていくことを考えている(表1参照)。
表1 新横浜かとうクリニックにおけるがん種別の、ステージⅣ期と再発がんの生存率
( )内は非切除の標準治療の成績
(2011年12月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.4より)
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資料提供:日本ホスピス緩和ケア協会 http://www.hpcj.org/list/relist.html
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(出所:厚生労働省ホームページより「がん医療」関連に限定して転載)