シリーズ 治療効果をプラスする「最新のがん治療」

~さまざまながん種に対する免疫細胞療法の効果~
第3回 乳がん


加藤洋一
新横浜かとうクリニック院長

 私が院長を務める新横浜かとうクリニックでは、通院抗がん剤治療や免疫細胞療法、温熱治療、がん遺伝子検査などを駆使し、がん患者さんへの治療を行っている。その治療のコンセプトは「治療効果をプラスする治療法がある」。つまり、標準治療に他の治療をプラスし、少なくとも生存率を70~80%まで引き上げることを目指しているのだ。その切り札の1つである免疫細胞療法として、活性化リンパ球療法、がんペプチドを使った樹状細胞ワクチン療法、WT1 CTL療法などを実践している。
 本連載では、これらの免疫細胞療法がそれぞれのがん種にどのような効果をもたらしたのかというがん種別の症例を治療方針と共に紹介していく。第3回は、治療はもちろん、再発予防にも免疫細胞療法が大きな役割を果たす乳がんを取り上げた。

体に備わったシステムを発現させ、副作用を伴わずにがん細胞を破壊

 人間の免疫は、誰にでも備わっている機能である。がん免疫療法における〝第4世代〟のがん標的免疫療法の1つ樹状細胞ワクチン療法は、この特性を活かした治療法と言える。したがって、この治療法は、一般的には特定のがん種に高い効果を示すことも、まったく示さないこともない。
 樹状細胞ワクチン療法は、がん細胞の抗原情報をがんペプチド(がんの特異的抗原)として認識する樹状細胞を用いた治療法である。樹状細胞には、そのがん情報からがん免疫を起動するか否かを判断するといった、がん免疫システムにおいて重要な働きがある。
 このような樹状細胞ワクチン療法は、あくまでもがん治療の選択肢の1つである。つまり、抗がん剤による治療が功を奏していれば、それを続行するのが得策だと言えよう。しかし、抗がん剤の副作用が出てくるだけでその効果が乏しいのであれば、抗がん剤治療から切り替えて、あるいはその休薬時期に樹状細胞ワクチン療法を行うのも1つの治療手段となってくるのだ。
 いずれにしても、樹状細胞ワクチン療法は、患者さん自身が持っている免疫力をアップさせるので、他の治療法と併用しやすい。とくに活性化リンパ球療法(患者さんから採取したリンパ球を約1000倍に増強させて体内に戻す治療法)との相性は抜群である。
 また、樹状細胞ワクチン療法の効果を高めるポイントは、その培養のために患者さんの体内から血液を採取する時期にある。抗がん剤は白血球を減少・損傷させるので、抗がん剤治療を受けている患者さんであれば、樹状細胞培養のための採血は次回の抗がん剤投与の直前、つまり白血球が最も多くて状態のいいときに行うのがベストである。
 この治療法の大きな特長は、攻撃の対象ががん細胞だけで正常細胞を傷つけないことであり、副作用が微熱や注射部位の発赤程度であることだ。ようするに、樹状細胞ワクチン療法は、体に備わったがん撃退のシステムを発現させ、副作用を伴わずにがん細胞を破壊する画期的な治療法なのである。

標準治療でも個々に治療法が異なってくる

 日本において、年々、乳がんによる死亡者数は増加し、近年では年間1万人を超えている。亡くなる方が多いのは、乳がんの診断時に約10%の人が手術不能で、手術可能な約90%の人の約3割が再発し、治癒困難に陥ってしまうからである。もちろん局所病で留まっている人もいるが、最近の考え方として、診断時から乳がんを全身病と捉えられる傾向が強まってきた。
 乳がんの発生・増殖には、体内でつくられるホルモンが大きく関係している。女性ホルモンとしては、卵巣から分泌されるエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)があり、乳がんの原因にはエストロゲンが重要な関わりを持っている。
病期(ステージ)は広がり具合によって大きく5段階(0期~Ⅳ期)に分類され、この病期に従って治療を進めていく。
 また、乳がんに関する検査では、問診や視診・触診が他のがん以上に重要である。画像検査では、マンモグラフィや超音波検査、CT検査、MRI検査がある。そして、しこりなど見つかった場合、それらががんであるか否かを確認するために穿刺吸引細胞診を行う。
 こうして発見された乳がんが局所に留まっていれば手術や放射線で治療できるが、それよりも遠くに広がっている場合は何らかの形で抑え込まないと、再発を免れない場合がある。そのため、乳がんでは術前・術後の薬物治療が大切になってくるのだ。
 乳がんの場合、術前、術後、転移・再発の3つの状況があり、薬物療法には、抗がん剤治療に加えて、ホルモン治療、分子標的治療(HER2+の場合)といった「薬物療法3本柱」がある(ホルモン治療・抗HER2治療は、全員に適用になるわけではない)。そのなかで、どのような薬物治療を選択するのかが求められている。さらに、乳がんにはホルモン療法や分子標的薬も使えないトリプルメガティブという種類もあるなど、個々に治療法が違ってくる病気でもある。
 そこで、当クリニックでは、これら標準治療に加えるほうがプラスになると判断した場合、免疫細胞療法を用いて標準治療だけでは克服が難しい乳がんに対峙している。

抗がん剤の効果を補うだけでなく、再発予防のリスクを軽減

 今回、フォーカスした乳がんの患者さんに限らず、当クリニックを受診するがん患者さんは、進行・再発したがんを抱えているケースが多い。だから、私は「いかに1年間、がんを抑え込むか」ということをテーマに掲げている。とにかく、1年間、上手にがんを抑え込めば、それが2年・3年へと繋がっていくからである。
 当クリニックにおいて免疫細胞療法を受けた、あるいは受けている乳がんの患者さんの治療と再発予防の割合は、ほぼ同じである。他のがん種では、再発予防よりも治療に免疫細胞療法を用いる患者さんが多い点を鑑みれば、当クリニックでは、再発予防のために免疫細胞療法を受ける乳がんの患者さんが多いとも言える。
 当クリニックにおける乳がんの症例は次のようなものである。
 1つ目の症例は、局所再発・リンパ節転移の患者さん。このAさん(40歳代・女性)は2007年に左の乳房のしこりに気が付き、乳がん治療において実績のある都内の病院を受診した。その結果、約6㎝のがんが見つかった。そして、左乳房切除手術を受けた後、ステージⅢbという診断を受けた。術後治療は、HER2が強陽性のためにハーセプチンを服用しながら放射線治療も25回受けた。
 その後、ハーセプチンに加えてタモキシフェンも併用していた。しかし、術後1年でハーセプチンの服用を中止し、タモキシフェンのみを服用し続けていた。
 術後2年半が過ぎた2010年、左胸部の手術の傷のそばに1㎝ほどのしこりが3つできた。さらに、左の腋(腋窩リンパ節)に腫瘍が1つできていた。そこで、胸部に局所再発した3つの腫瘍を摘出し、リンパ節には放射線治療を行った。そして、再発予防のために当クリニックを受診したのである。
 当クリニックでは、2010年8月から10月にかけ、WT1ペプチド樹状細胞ワクチンを1クール(5回)行い、11月から8月まで月1回の活性化リンパ球療法も行った。ちなみに「WT1」とは、WT1抗原(小さなタンパク質のペプチドで、多くのがん細胞が持っている抗原)のことである。
 その結果、現在(2012年3月)、Aさんに再発は見られず、GRN(リンパ球数とがん免疫活性度を表す数値)と腫瘍マーカーは安定している(写真1参照)。


写真1

 2つ目の症例は、右の乳房に胸壁浸潤型がんを発症させ、リンパ節転移と多発肝転移を抱えていた患者さん。このBさん(40歳代・女性)は、2009年より2年間にわたって5種類の抗がん剤を用いて治療を継続してきた。しかし、病状が進行してしまったため、ある大学病院を受診してカテーテルによる抗がん剤の動注治療を受けながら、当クリニックではWT1ペプチド樹状細胞ワクチン療法を5回行った。その結果、治療前の乳がんは退縮し、GRNは安定し、腫瘍マーカーは下がってきている(写真2参照)。


写真2

 3つ目の症例のCさん(60歳代・女性)は、乳がんの摘出手術を受けてからしばらく経った2011年2月に胸骨転移と縦隔リンパ節転移、多発肝転移が見つかり、当クリニックを受診した。Cさんへの治療は、まず免疫力を高めるために、アブラキサンと活性化リンパ球療法を先行して行った。そして、同年6月になってからアブラキサンとWT1ペプチド樹状細胞ワクチン療法を開始し、同年11月よりゼローダと活性化リンパ球療法を施行した。
 その経過は、上がり気味であった腫瘍マーカーがWT1ペプチド樹状細胞ワクチン療法の終了時点で下がり始め、GRNも安定している。
 4つ目の症例のDさん(50歳代・女性)は、乳がんの摘出手術後に左肺門と肝臓に転移が見つかったケースである。2010年8月より1年間、当クリニックにおいて3週間に1回の活性化リンパ球療法とパクリタキセルの投与を継続。その結果、肺転移と肝転移の病巣は縮小した(写真3参照)。


写真3

 その他、活性化リンパ球療法によって、乳がんの肺転移がほぼ消失したケースや、同じく活性化リンパ球療法によって乳がんの胸骨・リンパ節転移がほぼ消失したケースなどがある。
 また、再発予防に免疫細胞療法が功を奏しているケースも多い。
 2010年1月に手術をしたステージⅢのEさん(50歳代・女性)は、術後にEC療法(ファルモルビシン+エンドキサン)を4クール、パクリタキセル+ハーセプチンを4クール行い、WT1+MUC–1樹状細胞ワクチン療法を1クール行った後、ホルモン療法とハーセプチンによって現在も無再発である。
 2009年8月に手術をしたステージⅡのFさん(40歳代・女性)は、AC療法(アドリアシン+エンドキサン)を4クール行った後にWT1樹状細胞ワクチン療法を1クール行い、さらにホルモン療法を行って現在も無再発である。
 乳がんに対する免疫細胞療法の大きな役割の1つは、抗がん剤治療後のリンパ球の活性・増強を図り、再発しやすい状況をつくらないことだと考えている。乳がんの場合は早期がんであっても、再発した途端に重度な状態に陥ってしまう。したがって、抗がん剤治療だけでは効果が不足しているケースに限らず、早期がんの再発予防のケースでも樹状細胞ワクチン療法や活性化リンパ球療法は、大きな効果をもたらしてくれるであろう。

(2012年1月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.5より)

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