シリーズ 先端医療 ―樹状細胞療法― ⑤
進行がん・転移がんの集中治療
短期間で悪循環を断つ分子標的樹状細胞療法
~悪性免疫細胞Tregを撃墜する~
星野泰三
東京・京都統合医療ビレッジグループ理事長 プルミエールクリニック院長
負のスパイラル切断には〝短期決戦〟が重要
進行がん・転移がんの患者さんは、免疫的悪循環に陥っていることが多々あります。その負のスパイラルの元凶がRegulatory T Cell(制御性T細胞:以下=Treg)と呼ばれる免疫抑制因子です。
Tregは免疫機能の制御に特化し、正常な免疫機能の維持にとっては必要不可欠な細胞です。ところが、がんになるとこの細胞が異常に増え、本来がんを殺す働きをする免疫機能を無力にしてしまいます。このように、Tregの数が多い状態では、免疫力を高めても免疫は正常に機能せず、がんの転移や増殖を防ぐことも難しくなります。
この悪循環は一挙に絶ち切らなければなりません。というのは、歳月を費やして少しずつ治療していっても、この間にがんが転移・増殖し、Tregが増えてしまうからです。したがって、極力、短期間で集中的に治療し、負のスパイラルを断ち切る〝短期決戦〟を仕掛けることが治療戦略上、重要になってくるのです。
私は、他のがん専門誌上において、余命を告知された方々が絶望の淵から治療を成功させた起死回生の症例を、毎月、連載しています。その患者さんのいずれもが、短期集中治療で功を奏しているのです。その鍵は、いずれも治療をスタートさせた1カ月間で免疫的悪循環を断ち切れたことでした。この短期集中治療は、体が損なわれることのない、患者さん自身の免疫力をアップさせる体にやさしい治療法です。
進行がん・転移がんを抱え、抗がん剤治療や放射線療法、ホルモン療法などの効果が現れない患者さんの大部分は、免疫的悪循環に陥っている状態です。このようなときには、最低でも週1回、可能であれば週2回のペースで、樹状細胞やリンパ球を用いた免疫細胞療法、あるいは分子標的薬や低用量抗がん剤によって負のスパイラルを断ち切ることが何よりも大切なのです。
難治性のがんとの闘いにおいては、まず免疫的悪循環を断ち切る〝短期決戦〟こそが、窮地からの起死回生を図るためのキーポイントなのです。
悪性免疫の〝本体〟がわかった
当院においては、進行性・転移性といった手強いがんを抱えた患者さんに対して先述の〝短期決戦〟を行う場合、樹状細胞とリンパ球を用います。その際、通常は樹状細胞とリンパ球を週2回ずつ4~6週間、行います。この短期集中治療が功を奏すか・奏さないか、つまり免疫的悪循環を断ち切れるか否かの確率は、概ね50%ずつです。
ということは、治療効果が現れた患者さんがいれば、そうではない患者さんもいるということです。ではなぜ、治療効果が現れなかったのか、その理由を徹底的に調べなければ、次の治療へと繋がらないのです。そして、昨今、免疫細胞療法の効果を獲得できない主な原因がわかってきたのです。
免疫細胞療法の効果が現れなかった患者さんは、先述のTregによって、がん細胞への攻撃が阻止されてしまっていることがわかってきました。要は、Tregという制御性T細胞こそが、がんを撃墜する際の〝本体〟であることが明らかになってきたのです。
Tregには、2つの種類があります。1つは「nTreg」といって、直に免疫細胞と接触して免疫反応を阻止しようとするものです。もう1つの「iTreg」は、免疫抑制サイトカインを分泌して免疫反応を抑制しようとするものです。いずれにしても、Tregは免疫抑制機能に特化した細胞であり、樹状細胞の機能を抑制する〝本体〟であるのには間違いありません。
Tregは樹状細胞に接着し、樹状細胞の特異的免疫反応を抑制状態にしてしまいます。つまり、樹状細胞は抗原提示能力が低下し、敵を攻撃する指令をT細胞に伝えることが困難になってしまうのです。
がん細胞からは、TGF–βというTregを誘導する物質が出ています。このTregからはCTLA–4という分子が発現され、それが樹状細胞の表面に受け皿としてあるB7(T細胞の免疫に関するシグナルの役目を果たす分子)と結合するとIDOと呼ばれる免疫抑制分子が出て、NK細胞やキラーT細胞の働きを抑えてしまうのです(図を参照)。
このように、免疫体系のなかでのTregの働きが解明されてきました。その結果、いくらきちんとしたリンパ球療法や樹状細胞療法を行っても、Tregの働きによってそれらの治療の効き目が薄れてしまうこともわかってきたのです。
いずれにしても、免疫的悪循環の〝本体〟であるTregの存在が特定されたことで、私は、進行性・転移性のがんを攻撃する前に、Tregの働きを抑える治療を行うという考え方もするようになったのです。
こうして分子樹状細胞の効果を上げる
Tregを攻撃する方法はいくつか存在しています。古典的な手段としては抗がん剤を用いたものがあります。抗がん剤によっては、薬剤・用量・投与のタイミングなどによって、免疫抑制でなく免疫促進をすることがあります。その際、腫瘍抗原による免疫細胞療法の抗腫瘍効果を増強することが知られています。抗がん剤は腫瘍の量を減少させますが、腫瘍内のTregをはじめ、各種の免疫抑制細胞を減弱させもするのです。
なかでもシクロホスファミド(商品名:エンドキサン)という抗がん剤については30年以上も研究が続いています。シクロホスファミドにはサプレッサーT細胞(自己抗原に対して反応するリンパ球の働きを抑えるT細胞)を抑制したり、ガレクチン–1(Tregを活発にさせる分子)の発現を抑えたりする作用があります。
さらに、この抗がん剤には、すべてのリンパ球を減少させ、回復期のホメオスタティック・プロリファレーション(体内のT細胞数を元に戻そうとして起こる増殖)を介し、Tregに抵抗性のあるT細胞が誘導されると考えられています。つまり、患者さんのリンパ球の〝リセット〟を行うことが可能なシクロホスファミドによって、がんの進行にともなって増えてきたTregを減少させ、正常な細胞に戻すことが期待できるのです。現在、シクロホスファミドは、進行がんからの起死回生を図るためのTreg対策の薬剤として注目されているのです。
Tregを攻撃する最新方法としては、分子樹状細胞療法が挙げられます。当院では、患者さんの血液から樹状細胞の前駆細胞を取り出し、それをサイトカインや人工抗原、免疫賦活剤、ときにはβ–グルカンなどを用いて改良・増強しています。こうして、分子標的薬に近い作用を持たせ、患者さんの体内に還元することが可能になったのです。
悪性免疫の〝本体〟がTregとわかってきてからは、分子樹状細胞に抗CTLA–4抗体の作用も持たせた抗Treg型の分子樹状細胞を患者さんに還元しているのです。
進行がん・転移がんでも劇的効果
当院を受診する患者さんの大多数は、それぞれの地域の基幹病院において主治医から「これ以上、治療法はない」と匙を投げられてしまった方々です。そんな絶望の淵からでも治療に成功した症例は枚挙にいとまがありません。
こうした患者さんのなかで、先述のシクロホスファミドと樹状細胞療法の併用が功を奏したケースを取り上げます。
その患者さんは、当院を受診したときには、すでに乳がんが骨・肝臓・リンパ節に転移していました。この多発転移の女性に対し、私たちはまず免疫解析を行いました。免疫解析は、免疫バランス、良性・悪性の免疫ホルモン、がんの血管新生因子などの項目をチェックする検査です。
この患者さんの場合は、先述の免疫抑制因子であるTGF‐βも高い値を示していたので、Tregが誘導されていると判断しました。そして、分子樹状細胞療法を中心に、活性化リンパ球、シクロホスファミド、改良型のスパークシャワー(がんを狙い撃ちする局所温熱療法)を用いた短期集中治療を先述のようなサイクルで続けたのです。
今回、この温熱療法を加えたのは、そのマイルドな加温によって分子樹状細胞内でHSP(熱ショックたんぱく)をつくり、抗がん免疫力をアップさせるからです。また、スパークシャワーは独自にがん細胞を高温発熱させ、がん活動の弱体化を図るのと同時に、がんの表面にもHSPを発現させるからなのです。このHSPが分子樹状細胞の働きをさらに高めるのです。しかも、免疫細胞療法の課題であった免疫細胞とがんの接着力を強固にしてくれるのです。
以上のことからも、スパークシャワーによるHSP効果は免疫細胞の働きを補助してくれるのです。
今回の患者さんの場合は、当院独自の免疫解析によってTregが誘導されていることが判断できたことに加え、シクロホスファミドでリンパ球を〝リセット〟し、なおかつスパークシャワーによってHSPを誘導しながら分子樹状細胞の機能を向上させたことが、多発転移の劇的な効果へと繋がったのだと確信しています(写真を参照)。
(2012年1月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.5より)
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(出所:厚生労働省ホームページより転載)
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資料提供:日本ホスピス緩和ケア協会 http://www.hpcj.org/list/relist.html
先進医療を実施している医療機関の一覧表
(出所:厚生労働省ホームページより「がん医療」関連に限定して転載)