シリーズ 先端医療 ―樹状細胞療法― ⑥

進行がん・転移がんの集中治療
「優れた効果」と「少ない副作用」で、難治性・進行性がんを叩く樹状細胞
~ノーベル賞で話題の樹状細胞治療の効果を総括する~


星野泰三
東京・京都統合医療ビレッジグループ理事長 プルミエールクリニック院長

 米国ロックフェラー大学教授のラルフ・スタインマン氏が「樹状細胞と獲得免疫におけるその役割の発見」を評価され、ノーベル医学・生理学賞を受賞したのは、まだ記憶に新しい2011年のことです。スタインマン氏は、世界で初めて樹状細胞を発見し、その役割を解明した研究者として知られていました。
 樹状細胞はがんの特徴を認識する特性を持っていますが、その培養中にペプチドを取り込んで抗原として覚え込ませると、リンパ球からキラー細胞へ指令を出してがんを集中的に攻撃することができるようになります。ノーベル賞で話題をさらった樹状細胞は、実際のがん治療においても強力な効果を発揮するのです。
 今回は、この樹状細胞治療について、症例も参考にしながら、わかりやすく総括いたします。

樹状細胞は必要とされている

 日本では、年間60万人以上の方が新たにがんを発症させています。そのうちの約50%、つまり半分の方は、手術や抗がん剤、放射線などの標準治療で完治しています。言い換えれば、半分の方が標準治療で治らない状況に陥っているのです。
 では、「治る」と「治らない」を左右しているのは、どのようなものなのでしょうか? もちろん、その答えとして、発見された時点での進行度やがんの種類が挙げられます。そして、もう1つの大きな要因があります。それはその人の免疫力、とりわけ樹状細胞の働き具合です。
 あまり知られていませんが、がん患者さんの直接の死亡原因の約7割は肺炎を主とする感染症です。つまり、免疫力の低下なのです。当然、その間接的な死因はがんそのものにあります。それでも、事前に肺炎球菌やインフルエンザのワクチンの接種をしたり、何らかの方法で免疫力を上げておいたりすれば、少なくともそのときに落命する確率は低くなるはずです。
 では、「免疫力の強化」とはどういうことなのでしょうか? 従来は、NK(ナチュラルキラー)細胞で直接、がんを叩くことが免疫力の研究の最先端でした。その後、ヘルパー細胞の役割が注目されてきました。そして、最近では、免疫力の「縁の下の力持ち」とされる樹状細胞が、がんを叩く中心的な役割を果たしていることがわかってきたのです。つまり、樹状細胞を強化することが、がんを治す、あるいは延命することに繋がるというわけです。
 「疫(災いとしての病)を免れる力」とされる免疫力。この体を守ってくれる力を弱体化させるものが、大きく2つあります。それは老化とストレスです。
 たとえば、20歳の人の免疫力が40%とすると、60歳では20%、80歳では10%まで低下します。60歳以上の人は若い人より免疫力が低く、風邪をこじらせると肺炎を起こしやすいのです。したがって、60歳以上のがん患者さんが抗がん剤の投与や放射線の照射を行っていれば、その分、免疫力が低下しているので、より肺炎を起こす可能性が高くなります。ですから、60歳以上の人が抗がん剤治療や放射線治療を受ける場合は、樹状細胞を活性させて免疫力を高めておくことが得策だと言えるのです。
 免疫力を低下させるもう1つの要因であるストレスには、さまざまなものがあります。精神的ストレス・紫外線・たばこ・大気汚染物質・アルコール……。どれも、私たちが日常生活のなかで晒されているものばかりです。こうしたストレスによって、樹状細胞をはじめとする免疫力が低下してしまうのです。逆に言えば、可能な限りストレスを取り除けば、樹状細胞の活性を守ることに繋がるのです。
 また、一般的に抗がん剤治療には著効期がありますが、開始3カ月後くらいに耐性獲得期がやってきます。耐性ができると抗がん剤の効果が乏しくなって、いずれほとんど効果がなくなってしまいます。したがって、永久に抗がん剤を使用するわけにはいかないのです。あるいは、元々、抗がん剤の効果が期待できないがん種もあります。そのように抗がん剤が効かなくなった、あるいは効かない、といった場合でも、樹状細胞やリンパ球を駆使した免疫細胞治療は効果が期待できます。
 実際、私のクリニックでは、抗がん剤に対する耐性ができてしまった患者さんの来院が多々あります。そのなかには、たとえば悪性リンパ腫の患者さんが、その代表的な抗がん治療であるR–CHOP療法の効果がなくなったものの、樹状細胞治療によって腫瘍を消失させたケースがありました(写真1)。


写真1 悪性リンパ腫:分子標的樹状細胞治療により腫瘍が消失

 外科的手術や抗がん剤、放射線によって免疫力が低下した際の感染症予防はもちろん、がんを叩くためにも、樹状細胞は必要とされているのです。

治るためによく働いてくれる樹状細胞

 樹状細胞は主に皮膚で活躍することが知られていて、その仲間である腸のM細胞、肝臓のクッパー細胞、肺の肺胞マクロファージなどが体全体にめぐらされています。そして、皮膚に樹状細胞を注射すると、M細胞・クッパー細胞・肺胞マクロファージといった〝樹状細胞ファミリー〟にも免疫反応を起こすための指令が届くのです。
 そのように優れた免疫作用を持ち合わせている樹状細胞ですが、それ自体を例えるなら、目的地までの情報をインプットしていないカーナビゲーションが設置された自動車です。つまり、ただ樹状細胞を注入しただけでは、目的地までの情報がわからないまま発進した自動車と同じで、大きな効果が期待できません。
 そこで、その患者さんのがんの情報をペプチドワクチンとして培養段階の樹状細胞に搭載させ、それを患者さんに注入します。すると、リンパ管や血管を巡っているリンパ球、あるいは培養して点滴投与した活性化リンパ球が、情報のとおりにがんのそばに誘導されます。
 ですから、樹状細胞治療で大切なのは、培養中、ペプチドワクチンにそのがんの確実な情報を入れることなのです(図1)。


図1 分子標的樹状細胞治療で大切なのは、培養中、ペプチドワクチンにがんの確実な情報を入れることである

進行がんでも治療ができる

 樹状細胞の培養は、採血から少なくとも1週間を要します。この治療法の強力なパートナーである(自己活性化)リンパ球治療を併用する場合は、樹状細胞の培養と並行し、リンパ球も培養して増強・活性させておきます。この2つの治療法を併用すると、樹状細胞からそのがん固有の情報を伝えられたリンパ球が、強力な抗がん酵素でがんを攻撃するのです。
 樹状細胞の投与には、いくつかの方法があります。皮内・皮下、リンパ節内への注射、静脈・動脈あるいは腹腔・胸腔内、また腫瘍内への局注や、鼻腔内へ吸入することもあります。ちなみに当院では、皮内・皮下への注射が基本です。いずれにしても、樹状細胞治療による重い副作用が現れることはなく、一過性の発熱や局所への発赤、痒みがしばらく残るといった程度のものです。
 また、当院における樹状細胞治療のプロトコールは、基本的に6回(1回が1~2週間おき)を1クールとしています。その際、患者さんの状態に応じ、リンパ球治療、あるいは温熱治療などを併せています。ただし、その半分の3回で、一旦、治療効果の評価を行ってもいます(図2)。


図2 基本のプロトコール(治療計画)

 当院を受診される患者さんの8割以上が、他の病院において治療法がなくなり緩和ケアを勧められたり、余命を宣告されたりした方々です。そのような進行性・難治性のがんを抱えている患者さんにも効果が期待できるのが、樹状細胞治療に代表される免疫細胞治療なのです。
 もちろん、多臓器不全を起こしているなど、樹状細胞治療を行うことが難しいケースもあります。あるいは、強い浮腫があることで、血液やリンパ液の流れが極端に悪化してリンパ球ががんのある箇所に誘導されなかったり、樹状細胞が皮膚から患部に浸透できなかったりする場合は、その効果が薄れてしまいます。
 当院では、樹状細胞治療の対象としているのは、基本的に余命1カ月以上と言われている方ですが、なかには、余命1週間と宣告された患者さんでも、樹状細胞治療が奏効し、助かっているケースもあります。治療前から樹状細胞治療の効き目が良くないとわかっている絨毛がん(胎盤のなかで母体に接する絨毛細胞に由来するがん)を除き、どのような状態でも、私たちは樹状細胞治療を駆使し、難治性がんの治療に挑戦しているのです。

分子標的樹状細胞の威力

 当院では、樹状細胞を培養する際に、サイトカイン・人工抗原・分子情報・免疫賦活剤などを用いて改良・増強し、分子標的薬に近い働きを持たせています。この分子標的樹状細胞を駆使した治療は、まさに先述のカーナビに優れた情報をインプットさせた車です。
 こうしてバイオドラッグとしての作用を発揮する分子標的樹状細胞を用いた治療が奏効した症例は、枚挙に暇がありません。今回は、そのなかから、胆管がんが6週間で消失したケースをご紹介します。
 その患者さん(70歳代・男性)は、地元の基幹病院において、進行性の胆管がん、および肝臓内への転移の診断を受けました。主治医から提示された治療法は「ジェムザールの点滴か、TS–1の内服のいずれかを行う」というものでした。ただし、これらの治療は延命を目的とするものであったため、患者さんはそれを拒否しました。
 そうしている間にも、胆管の狭窄部分はますます狭くなり、ビリルビン値やCRP(炎症反応)が非常に高くなってきました。そのような厳しい状況を打破しようと、患者さんは当院を受診したのです。
 私は、まず進行性の胆管がんでも、ジェムザールやTS–1といった抗がん剤によって、ある程度の腫瘍の退縮・弱体化が期待できることを話し、抗がん剤、あるいは低用量の抗がん剤に分子標的樹状細胞治療を併用することを提案しました。しかし、患者さんは頑なに抗がん剤の使用を拒み、免疫細胞治療を短期間に集中して受けることを希望されました。
 そこで、6週間にわたり、分子標的樹状細胞治療と自己活性化リンパ球治療を1週間に1回ずつ行い、さらに効果を上げるために温熱治療を併用しました。ちなみに、当院の温熱療法には、遠赤外線温熱治療・スパークシャワー(増強型中波温熱治療)・パルスターゲット(間歇型標的温熱治療)・EH波温熱治療があり、この患者さんに対しては、部分的に電磁波を集積させてがんを倒すパルスターゲットと、超音波を駆使して注入したリンパ球や樹状細胞を広い範囲に循環させるEH波温熱治療を行いました。
 その結果、治療開始前に50台だった数値を示していたCA19–9は治療開始から6週間で10台に、70台だったCA125(腫瘍マーカー値)は10台にまで下がったのです。さらに、基幹病院においてCT撮影をしたところ、病巣部の腫瘍が完全消失していました。しかも、胆管の狭窄も解除されていたのです。そして、治療開始7週目からは2週間ごとに、再発予防のために分子標的樹状細胞治療を中心にしたプロトコールを開始し、現在のところ再発の兆候が見られないという状況で、継続して東京に来院されています(写真2)。


写真2 進行性の胆管がん:分子標的樹状細胞治療により原発巣、転移巣ともに消失

 「優れた効果」と「少ない副作用」という特長を持ち合わせた樹状細胞治療は、難治性・進行性がんの限界突破の期待が寄せられているのです。

(2012年4月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.6より)

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