シリーズ 先端医療 ―樹状細胞療法― ⑦

難治がん・転移がん向け
臨床効果を高める熱ショック蛋白(HSP)を利用したペプチドワクチン・樹状細胞


星野泰三
東京・京都統合医療ビレッジグループ理事長 プルミエールクリニック院長

 2011年、米国ロックフェラー大学教授のラルフ・スタインマン氏が「樹状細胞と獲得免疫におけるその役割の発見」を評価され、ノーベル医学・生理学賞を受賞しました。以来、樹状細胞治療の評価は、ますます高まっています。
 がんの特徴を認識する特性を持つ樹状細胞は、その培養中にペプチドを取り込んで抗原として覚え込ませると、リンパ球からキラー細胞へ指令を出してがんを集中的に攻撃できるようになります。私は、常々、こうした臨床効果をより高いものにする免疫治療の必要性を感じていました。そこで、熱などのストレス条件下にさらされた細胞に対し、発現を上昇させて保護するタンパク質の一群・熱ショック蛋白(Heat Shock Protein: 以下=HSP)に着目したのです。そして、このHSPが免疫細胞治療に優位に働くように応用し始めました。すると、当院における従来のHSPを使わない樹状細胞治療と比較し、その治療成績は約2倍も向上したのです。
 今回は、このHSPを用いて、難治がん・転移がんに高い臨床効果をあげているペプチドワクチン・樹状細胞治療をご紹介します。

免疫細胞側がHSPを支配することが肝心である

 免疫治療を成功に導くには、樹状細胞・リンパ球などの免疫細胞の力をアップさせて抗がん免疫力を強力にすることが不可欠です。それと並行し、Regulatory T Cell(制御性T細胞:以下=Treg)という免疫抑制因子の1つを低用量抗がん剤などで排除することが重要です。というのも、がんになるとTregが異常に増え、本来であればがんを叩くはずの免疫機能を無力にしてしまうからです。
 このように、Tregの数が多い状態では、免疫力を高めても免疫は正常に機能せず、がんの転移や増殖を防ぐことも難しくなります。ただし、いくらTregに代表される免疫抑制因子を排除したところで、強力な免疫力がなければ免疫治療の成功は考えられません。
 そこで、改めて免疫力、なかでも強力な免疫力が不可欠な腫瘍免疫に着目してみると、強い免疫を発揮させるためにはHSPがキーポイントになってきます。この物質には、熱によって免疫細胞が温まることで免疫をアップさせ、かつがん細胞が出す免疫抑制因子をブロックする作用があります。つまり、免疫力を下げようと工夫を凝らしてくるがんとの〝修羅場〟において、免疫治療を強力に援護するのがHSPなのです。
 ただし、がんはヘテロ性(多様性)や、腫瘍抗原を覆ったり変貌自在に変えたりするシェーディングといった特性を持ち合わせています。HSPは、そのようながんの厄介な変異を阻止し、がんの免疫原性に基づいた樹状細胞やリンパ球などによる腫瘍免疫とがん細胞とを接着させる力を強化します。
 しかし、HSPはがん自体にとっても〝宝物〟です。先述のように免疫細胞サイドがHSPを支配していれば抗がん力が強化されるのですが、がんサイドがそれを支配するとがんの自己温存などのために使われます。たとえば、Akt、EGFR、HER2などのがんに有利に働く物質とHSPがうまく接着すると、それらを活性させてしまうのです。したがって、樹状細胞やキラーリンパ球がHSPの支配力を握り、がんサイドのHSPを破壊することを可能にしなければなりません。
 また、樹状細胞にも〝分子標的薬〟としての作用を持たせると、がんサイドのHSPを破壊できます。それができれば、がんがアポトーシスを起こしたり、がんの転移・浸潤能を阻止したりすることが可能になります。ですから、単に免疫力を上げるためだけにHSPを用いるのではなく、樹状細胞やキラーリンパ球といった免疫細胞に有利に働くように持っていくことも肝心なのです。ちなみに、がんサイドのHSPを破壊する薬剤は、すでに開発中です。

HSPでワクチン力を 上げる

 従来の免疫細胞治療は、樹状細胞あるいはキラーリンパ球といったペプチドワクチン系の免疫細胞とがんとの結合によってなされています。そこに免疫細胞が支配するHSPを「コンプレックス」としてくっ付けると、それらの免疫細胞とがんとの接着がより強くなります(を参照)。


図 免疫細胞によるHSP支配

 また、先述のように、免疫細胞が支配したHSPは、がんサイドのHSPを破壊することができます。こうした破壊が起こるとがんは脆弱になり、アポトーシスを起こしやすくなります。さらに、HSPはインターフェロンなどを免疫細胞から出させ、免疫細胞の活性を促すこともできるのです。
 こうしてHSPの支配が免疫細胞サイドに移ると、がんの血管への浸潤の阻止、がんの血管新生の阻害ができることが徐々にわかってきています。いずれにしても、ペプチドワクチンの力を上げるには、HSPによって免疫細胞とがんとの結合力を強固にする「HSPペプチドコンプレックス」をサポートすることが大事なのです。

新規抗がん力として注目

 樹状細胞のターゲットの認識と関係がある受容体には、CD40、CD80、CD86、CD91、LOX–1、TLR(Toll like receptor)といったものがあります。このなかの、たとえばTLRは、樹状細胞の成熟や活性化に重要な存在です。こうした樹状細胞の認識受容体を増やしたり、活性化したりする作用がHSPにはあります。また、HSPには量依存症性(dose dependence)という特徴があり、CD94というNK活性に重要なものを増やすこともできます。
 このような免疫細胞の援軍となるHSPは、新規抗がん力としても注目されています。というのも、HSPは、樹状細胞のさまざまな機能を活性化させて抗がん力を高めることができる一方、NK細胞の抗がん作用を増強することができるからです。そして、先述の腫瘍血管新生を阻害するといった抗がん力も増すことができます。

臨床効果の高いHSPコンプレックス樹状細胞

 がん細胞のHSP支配を断ち切るうえで非常に重要な方法は、窒素系の有害物質を除去することです。そのためには、バイオスカベンジャー(生物的除去術)によって窒素系の有害物質を除去します。すると、がんと腫瘍系のHSPの切断が容易になるのです。要は、臨床効果を上げるためには、まず窒素系の有害物質を除去しなければいけないということです。
 当院ではバイオスカベンジャーとして超高濃度ビタミンC点滴療法、HSP型樹状細胞、HSP型リンパ球などを用いて窒素系の有害物質を除去し、がん遺伝子と腫瘍性のHSPを切断していきます。
 このような工夫を凝らしながら、治療した症例をご紹介します。
 その患者さん(70歳代・男性)は、2010年6月に非小細胞性肺がんのなかの腺がんを発症させました。当初、抗がん剤による治療で腫瘍は退縮したものの、その副作用である骨髄抑制によって生死の境をさまよう大きなダメージを受けていました。そこで、抗がん剤を使用しない治療を望んで、東北にある当院の提携クリニックに通院し、超高濃度ビタミンC点滴療法を受け始めました。さらに、提携クリニックで私たちが担当している外来において免疫細胞治療を受けることになったのです。
 この患者さんのがんは前胸壁に転移し、盛り上がった胸部の皮膚に形成された肉芽は感染を起こして膿が出て、胸部を圧迫していました。さらに、がん細胞が大動脈にも浸潤していたのです。そのままがん細胞が大動脈を圧迫し続けてしまうと、破裂して大事に至ってしまう危険も考えられました。
 このような状態を鑑み、私たちはタルセバの服用を勧めました。タルセバは、がん細胞の表面にあるEGFRをターゲットにして細胞内の部分に取り付き、がん細胞の増殖指令の伝達を抑制する分子標的薬です。患者さんは、病院に3週間入院し、タルセバによる治療を受けてくれたのです。
 このタルセバと超高濃度ビタミンC点滴療法に加え、患者さんが希望された免疫細胞治療として、培養時にサイトカイン・人工抗原・分子情報・免疫賦活剤などを用いて改良・増強し、分子標的薬に近い働きを持たせた分子標的樹状細胞治療、威力とスピード性を兼ね備えた超特異的リンパ球群連射治療を3カ月間、行いました。その際、先述のHSPを用いたHSP型樹状細胞とHSP型リンパ球を利用することにしたのです。
 当院の附属研究施設では、樹状細胞やリンパ球の培養時に、それらの細胞自体が患者さんの体内に還元されたときにHSPの特性も発揮されるための研究を重ねてきました。そのHSP型樹状細胞とHSP型リンパ球の開発に成功し、この患者さんにはより強力な免疫細胞治療を行うことができたのです。
 タルセバの治療を終えて退院してきた患者さんに、先述の治療法を3カ月間併用したところ転移していた腫瘍は退縮しました。さらに、肉芽を形成していた胸部の皮膚の盛り上がりや感染がほとんどなくなったのです(写真を参照)。


写真

 徐々にがん細胞が退縮してくれば、マクロファージという免疫システムの一部を担うアメーバ状の細胞が死んだがん細胞を貪食してくれます。ただし、この患者さんのように短期間で腫瘍が縮まった場合、マクロファージの貪食が追い付かず、エコノミー症候群のように血栓となって脳梗塞や心筋梗塞、肺梗塞などを起こしてしまう危険がありました。さらに、胸部大動脈に接していた転移したがん細胞が短時間で縮小する際、それを引っ張って破裂を起こしてしまうことも危惧されたのです。
 患者さんの入院先の主治医もそれを心配していて、可能な限り急激な退縮を避けるため、通常量の3分の1のタルセバを投与してくれました。その低用量で著効が現れたのは、EGFRをターゲットとするタルセバと相性のいいHSP型樹状細胞とHSP型リンパ球を用いたことが大きな要因だったと思います。
 こうして、治療が難しい転移がんの治療に成功したのも、HSP化した樹状細胞、つまり「HSPコンプレックス樹状細胞」をうまく駆使することができたからだと確信しています。

(2012年10月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.7より)

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