シリーズ 治療効果をプラスする「最新のがん治療」

~さまざまながん種に対する免疫細胞療法の効果~
第6回 膵臓がん


加藤洋一
新横浜かとうクリニック院長

 私が院長を務める新横浜かとうクリニックでは、通院抗がん剤治療や免疫細胞療法、温熱治療、がん遺伝子検査などを駆使し、がん患者さんへの治療を行っている。その治療のコンセプトは「治療効果をプラスする治療法がある」。つまり、標準治療に他の治療をプラスし、少なくとも生存率を70~80%まで引き上げることを目指しているのだ。その切り札の1つである免疫細胞療法として、活性化リンパ球療法、樹状細胞がんワクチン(樹状細胞ワクチン療法)、WT1 CTL療法などを実践している。
 本連載では、これらの免疫細胞療法がそれぞれのがん種にどのような効果をもたらしたのか、というがん種別の症例を治療方針と共に紹介している。第6回は、難治性として知られる膵臓がんを取り上げた。

次代のがん治療のポイントとなる「オートタキシンの抑制」

 教科書的に進歩している標準治療は、たしかに学術的な価値が高い。けれども、がんの克服に対し、十分な結果を出しているとは言い難い。もちろん、世界的な論文に準じて治療を行うのもいいが、手先の器用さ・賢さ・勤勉さといった日本人の特長を生かした治療も、われわれが取り組むべき医療なのかもしれない。
 では、それはどのような医療なのであろうか?
 私は、それが血管内治療(Interventional Radiology=以下、IVR)であり、免疫細胞療法であると考える。
 IVRは、X線透視やCT、超音波像を見ながら体内に細い管(カテーテルや針)を入れて病気を治す新しい治療法である。手術を必要としないために体への負担が少なく、病巣だけを正確に治療できるなどの利点がある。そんなIVRは、がん治療では病変部に対して高濃度の抗がん剤を局所注入することでがん細胞にダメージを負わせたり、動脈を塞栓することでがん細胞を低酸素・低栄養状態にして兵糧攻めにしたりすることに用いられている。
 このIVRのがんに対する基本的な免疫の機序は次のようなものである。抗がん剤のダメージによってFAS抗原(アポトーシスを誘導できる細胞表面分子)ががん細胞に発現し、また低酸素によってHSP(熱ショック蛋白)ががん細胞に発現する。すると、Tリンパ球によって、FAS発現細胞とHSP発現細胞がケモカイン(細胞が産生する微量生理活性タンパク質)で攻撃され、がん細胞がアポトーシス(細胞の自然死)するのである。
 それでも、がん細胞は生き残る。その理由として、がん微小環境の間質細胞の存在が指摘されている。がんの組織はがん細胞だけでなく、線維芽細胞やリンパ球、マクロファージなどの間質を構成する間質細胞によっても構成されている。
 そもそも、がん細胞は、低酸素の環境下ではグルコース(ブドウ糖)から乳酸をつくってエネルギーを得ている。そのとき、がん細胞自体が使っているブドウ糖は、エネルギー全体の5~10%ほどで、アミノ酸や脂肪酸から栄養を摂取しているほうが多い。そこで、従来からのブドウ糖の血糖値を低くコントロールする治療以外にも、脂肪酸からがん細胞に行く栄養をブロックする治療が今、研究中である。
 また、免疫細胞によってがんが壊された箇所以外の場所が、長期間、低酸素になると、正常細胞はダメージを受けて死んでしまう。その場所にがん細胞が増殖してくる。このとき、がん細胞自身が自分たちを増やすために、「オートタキシン」という成長因子を出す。
 オートタキシンは、繊維芽細胞を増殖させ、その繊維芽細胞は繊維細胞を増やす。すると、がんはだんだん硬くなってくる。要は、かさぶたの中にがん細胞がはまり込むような形で、がんが成長していくのである。そして、HSPやHIF(低酸素耐性因子)、エリスロポエチン、FGS(線維成長因子)などのアポトーシス抑制や、薬剤耐性、活性酸素の発生の抑制などのエスケープ機構を形成する。
 こうした、がん細胞が死なない環境を構築するオートタキシンに対し、阻害薬の研究が進められている。そのことで、がん細胞を攻撃するだけでなく、それを増殖させる環境を壊していく治療法も注目されているのだ。
 当クリニックでも、オートタキシンを抑制する物質で線維芽細胞の増殖を食い止めておき、免疫細胞療法と低用量の抗がん剤を併用する治療法を考案中である。

切除不能進行膵がんには、抗がん剤に免疫細胞療法をプラスして対処

 先述のIVRと並び、日本人の特長を生かした治療として私が挙げるのが免疫細胞療法である。そのなかで、当クリニックでは、活性化リンパ球療法、樹状細胞がんワクチン、WT1 CTL療法などが中心になっている。
 今回のテーマである膵臓がんに対しては、さまざまながん免疫療法のなかで、「最新世代のがん免疫療法である樹状細胞がんワクチンが臨床的に有益の可能性がある」ということが国内外のがん治療研究で明らかになっている。当クリニックでは、その樹状細胞がんワクチンを提供できる体制を早くから整えている。
 体の奥にあるため異変を発見しにくい臓器である膵臓にがんが発見されたときには、すでに進行しているケースが少なくない。さらに、膵臓がんはかなり早い時期から遠隔転移を起こしやすいので、周囲の組織に浸潤しやすい性質を持ち合わせている。したがって、発見時には手術が不可能な状態に陥っていることが多い。
 そのような切除不能進行膵がんに対するファーストライン(第1選択薬)にジェムザール、セカンドライン(第2選択薬)にTS–1単独か、ジェムザールとTS–1の併用が常識となっていた。だが、GEST試験(日本および台湾の切除不能進行膵がんに対するゲムシタビン+TS–1併用、TS–単剤、およびゲムシタビン単剤の第Ⅲ相試験)以降は、標準治療としてファーストラインにジェムザールを単独で用いても、TS–1を用いても、ジェムザールとTS–1の併用も無増悪生存期間に有意な差が見られないというのが日本での常識となった。そのため、日本では、切除不能進行膵がんに対するファーストラインには、ジェムザール単独かTS–1単独か、あるいはジェムザールとTS–1の併用が用いられるようになってきている。
 当クリニックでは、これらの抗がん剤治療に樹状細胞がんワクチンや活性化リンパ球療法をプラスし、難治性の膵がんに対処している。

樹状細胞がんワクチンの機序

 樹状細胞がんワクチンは、2010年には、米国FDAが前立腺がんに対する治療で認可されている。同年、東京慈恵会医科大学では、膵がんに対する臨床試験が始まり、2011年には慶應義塾大学で、膵がんと食道がんに対する臨床試験が開始された。
 この治療法の〝主役〟である樹状細胞は、がん細胞の抗原情報をペプチド(がんの特異的抗原)として認識する細胞で、がん免疫システムにおいて重要な役割を担っている。がん細胞は、細胞分裂にブレーキをかける遺伝子が壊れたり、増殖の遺伝子が変異したりすると、過剰にさまざまなタンパクをつくり出す。このタンパクのうち小さいものがペプチドで、樹状細胞はそれをたくさん取り込み、そのなかからがん抗原ペプチドを探し当てる。そして、その種類と量を解析し、腫瘍免疫を発動させるか否かを判断し、必要があれば腫瘍免疫を発動させるのである。
 樹状細胞からの抗原提示(ペプチドの情報の提示)と、活性化するサイトカイン刺激を受けたリンパ球は、活性化リンパ球に成長し、がん細胞に近づきそれを確認後に、ケモカインでがん細胞に孔をあけて溶かす。
ちなみに、樹状細胞がんワクチンの投与は、毎回、注入する部位を変えて皮内に行う。副作用としては、注入した個所に発赤が起こる程度である。

膵がんに対する免疫細胞療法の有効症例

 樹状細胞がんワクチンを用いて膵臓がんの治療に成功した症例を紹介する。
 最初の症例の患者・Aさん(40歳代・女性)は、2012年6月に激しい腹痛を覚えたため、自宅の近所の医療機関を受診。その後、神奈川県内の大学病院で超音波検査を受けたところ、膵臓に約6㎝のがんとリンパ節への30個ほどの転移巣が発見された。がんが門脈を巻き込んでいたので手術は不可能であった。
 そこで、オキシコンチン(がん性疼痛の治療薬)を服用しながら当クリニックを受診。同年7月から、大学病院ではジェムザールによる抗がん剤治療を受け、並行して当クリニックでは樹状細胞がんワクチンを用いた治療をスタートさせた。その結果、翌8月には、膵臓の病巣は2㎝ほどに退縮し、転移巣もほとんど消失した(写真1参照)。CA19–9(腫瘍マーカー)は2004・8が正常値まで下がり、痛みもなくなりオキシコンチンの使用を止め、水泳を始められるまでになった。


写真1 治療前に約6㎝あった腫瘍が2㎝ほどに退縮した

 2つ目の症例のBさん(60歳代・女性)は、2010年12月に下痢や倦怠感、体重減少があり、地元の病院を受診。膵頭部に5㎝ほどのがんが見付かった。その腫瘍はリンパ節への転移や脾動静脈・門脈・腹腔動脈へ浸潤しており、腹水も引き起こしていた。それらの状況から、手術は不可能と診断され、主治医からは「抗がん剤治療を行っても、余命は半年しかない」という告知を受けた。そこで当クリニックにおいて、ジェムザールに加え、WT1樹状細胞がんワクチンと活性化リンパ球療法を行った。
その結果、腫瘍は2㎝ほどに退縮し、CA19–9は2236から163・1まで低下した(写真2参照)。


写真2 治療前に約5㎝あった腫瘍が、手術で切除後、再発なし

 Cさん(60歳代・女性)は、2012年4月に県内の病院で2・5㎝ほどの膵臓がんがあることを告げられた。それほど大きくない腫瘍であったため、手術をすることになった。しかし、がん専門病院で受けた術前のCT検査によって、肺・肝臓・骨への転移が認められたため手術を断念。そして、同年6月に当院に来院し、WT1+MUC–1樹状細胞がんワクチンを行った。その後、腫瘍マーカーの数値も安定している。
 Dさん(70歳代・女性)は、神奈川県内の総合病院でステージⅣの膵臓がんと診断された。2012年4月からジェムザールとTS–1を使用して腫瘍の縮小に成功し、手術を可能にした。そして、当院を受診した後の5月に手術を受けた。その後、ジェムザールとTS–1による治療を再開し、6月から8月まで当院においてWTI+MUC–1樹状細胞がんワクチンを行った。再発もなく腫瘍マーカーの数値も安定している。
 最後の症例の患者さんであるEさん(60歳代・男性)は2011年2月に黄疸が現れて地元の病院を受診し、膵頭部にがんが発症しているという説明を受けた。同年3月に大学病院に転院して受けた膵頭十二指腸切除術の最中に腹膜播種が見付かり、ステージⅣBという診断が下された。そして、手術後はジェムザールによる治療を開始した。
同年6月に当クリニックを受診し、ジェムザールにプラスしてWT1樹状細胞がんワクチンと活性化リンパ球療法を約3カ月にわたり1クール(5回)行った。その結果、手術後に75・9だったCA19–9は3・1まで低下し、CT上では腹膜播種が消失した。加えて、再発も見られなかったことからCR(完全寛解)と判断された(写真3参照)。
 現在、抗がん剤による治療も免疫細胞療法も行わず、経過観察中である。


写真3 治療前に見付かった腹膜播種がCTによる検査では消失した

 今回、ご紹介した5つの症例のように、当クリニックを受診するがん患者さんは進行・再発したがんを抱えているケースが多い。そこで、私は「いかに1年間、がんを抑え込むか」というテーマに則って、その1年を2年・3年……と繋げていくことを考えている。
 また、膵臓がんの治療においては、抗がん剤単独だと徐々にその効果が薄れていく。それでも、樹状細胞がんワクチン、あるいは活性化リンパ球療法を併用することで、トータル的な治療効果が長続きするケースが多い。
 その意味でも、樹状細胞がんワクチン、あるいは活性化リンパ球療法は、膵臓がんのような難治性のがんに対しても奏効の期待が持てる治療法なのだと思っている。

●新横浜かとうクリニック
神奈川県横浜市港北区新横浜
2–3–9 金子ビル2階
TEL:045(478)6180
FAX:045(478)6182
http://www.kato-clinic.rexe.jp


(2013年1月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.8より)

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