シリーズ 治療効果をプラスする「最新のがん治療」

~さまざまながん種に対する免疫細胞療法の効果~
第7回 肺がん


加藤洋一
新横浜かとうクリニック院長

 私が院長を務める新横浜かとうクリニックでは、通院による抗がん剤治療や免疫細胞療法、温熱治療、がん遺伝子検査などを駆使し、がん患者さんへの治療を行っている。その治療のコンセプトは「治療効果をプラスする治療法がある」。つまり、標準治療に他の治療をプラスし、少なくとも生存率を70~80%まで引き上げることを目指しているのだ。その切り札の1つである免疫細胞療法として、活性化リンパ球療法、樹状細胞がんワクチン(樹状細胞ワクチン療法)、WT1 CTL療法などを実践している。
 本連載では、これらの免疫細胞療法がそれぞれのがん種にどのような効果をもたらしたのか、というがん種別の症例を治療方針と共に紹介していく。第7回は、男女双方において、がん種別死因の上位を占める肺がんを取り上げた。

先進医療として承認された〝樹状細胞がんワクチン〟

 まず、がん免疫療法の歴史を辿ってみる。1970年代には、第1世代と呼ばれる「BRM治療」が登場してくる。ピシバニールやレンチナン、丸山ワクチンといった、腫瘍に対する生体反応を増強する物質(biological response modifier:BRM)を用いた治療法である。続いて、1980年代には、第2世代の「サイトカイン治療」ががん免疫療法の中心を担うようになる。これは、IL(インターロイキン)–2やインターフェロンといった、免疫に関与する低分子の特定のタンパク質を駆使して患者さんのリンパ球数を増やす「NK(ナチュラルキラー)細胞治療」である。どちらも、一時的に体全体の免疫を上げる非特異的免疫療法ということが言える。
 1990年代には、第3世代の「がんワクチン治療」が注目された。これは、患者さん自身の腫瘍から抽出した多数のがん抗原を樹状細胞に貪食させ、それを患者さんに投与する治療である。したがって「樹状細胞ワクチン療法」と称されることもある。そして、2000年代になり、がん遺伝子から「がんペプチドワクチン」が開発された。この第4世代の免疫療法は、樹状細胞を用いて合成したがんペプチドを患者さんに摂取する治療である。ちなみに、ペプチドとは「小さなたんぱく質」の意味で、数個から数十個のアミノ酸で構成されている。いずれにしても、それまでの非特異的免疫細胞治療から、1990年代からは、がん免疫のみを上げる特異的免疫療法になってきたと言える。
 現在、当クリニックで行っている樹状細胞がんワクチンに用いる樹状細胞は、1973年、ラルフ・スタインマン博士によって発見された。1996年には国立感染症研究所の赤川清子氏が、単球から樹状細胞を誘導することに成功。また、東京大学医科学研究所における樹状細胞がんワクチンによる臨床試験結果が、2003年には悪性黒色腫に対し、2007年には甲状腺がんに対してのものが発表されている。
 そんななかの2008年、当クリニックは開業した。2010年には、FDA(米国食品医薬品局)が前立腺がんで樹状細胞がんワクチンを認可、2010年、同じくFDAが前立腺がんで樹状細胞がんワクチンを認可。同年、東京慈恵会医科大学においてこの治療に関する膵がん領域での臨床試験が始まった。2011年には、慶應義塾大学で膵がんと食道がんの臨床試験がスタート。そして、この年のノーベル医学・生理学賞に、先述のスタインマン博士が「樹状細胞と獲得免疫におけるその役割の発見」を評価されて受賞した。
 こうした追い風が吹くなか、2012年、信州大学医学部附属病院が、肺がん、乳がん、胃がん、大腸がん、膵がんに対して樹状細胞がんワクチン(樹状細胞及び腫瘍抗原ペプチドを用いたがんワクチン療法)を先進医療(大学病院などで実施される先端医療のうち、厚生労働大臣の承認を受けたもの)として実施する医療機関に承認された。

単独でも優れた威力を発揮

 2013年2月末で、当クリニックが開業してから4年8カ月が過ぎたことになる。この間、402人の患者さんに対し、免疫細胞療法を行った。
 がん種別で見ると、多い順に、大腸がん、膵がん、胃がん、肺がん、乳がん、卵巣がん、食道がん、子宮がん、頭頸部がん、前立腺がん、肝がん……と続いている。ちなみに、その大部分がステージⅣか再発・転移のがんを抱えた方々である。
このなかで、今回取り上げた肺がんの患者さんの数は48人。そのうち樹状細胞がんワクチンを受けた患者さんが42人、活性化リンパ球療法を受けた患者さんが31人であった。
 樹状細胞がんワクチンに用いたワクチンは、WT–1、MUC1、HER2の3種。腺がんには、その3つのうちのどれかを、扁平上皮がん・小細胞がん・大細胞がんにはWT–1のみを使用している。
 また、全体で捉えると、樹状細胞がんワクチンは、開業から2013年2月末までに286人の患者さんに行っている。そのうち評価できるワクチンを1コース(5回)接種できた患者さんは200人(抗がん剤治療併用例を含む)。この解析結果は、腫瘍の100%の縮小(消失)が4週間以上持続したCRが10人(5%)、腫瘍の30%以上の縮小が4週間以上持続したPRが41人(20%)、腫瘍の30%未満の縮小または20%以内の増大かつ新病変の出現のない状態が4週間以上持続したSDが75人(37%)、腫瘍の20%以上の増大または新病変が出現したPDが74人(37%)であった。
 この200人のなかで樹状細胞ワクチン単独例(副作用の軽い抗がん剤の使用を含む)は118人。そのうち、CRが7人(6%)、PRが19人(16%)、SDが49人(42%)、PDが43人(36%)であった。
 つまり、樹状細胞がんワクチンを行うなかで、抗がん剤を併用した場合と、併用しない場合とを比べると、その効果に有意な差は生じていないことになる。

さまざまな治療法との併用が進行性肺がんに奏効

 当クリニックを受診する肺がんの患者さんは、呼吸機能の悪化した方や、手術や抗がん剤治療が不適応になった方が多い。そんな患者さんたちに対し、当院が行った症例をご紹介する。
 最初の症例の患者・Aさん(60歳代・男性)は、Ⅳ期の小細胞肺がんに加え、胃がんも併発させた。さらに、腹膜播種とリンパ節転移も認められた。病期が進んでいたため手術の適応はなく、2012年3月より抗がん剤治療(TS–1+シスプラチン)を始めたものの、翌月には副作用によって治療を中止。当クリニックにおいて、樹状細胞がんワクチンと活性化リンパ球療法を併用した治療を行った。
 当クリニックにおいて樹状細胞がんワクチンを受ける流れは、まず診察してHLA(ヒト白血球抗原)の検査を行うことから始める。この検査結果とがん種などを照合し、がんペプチドワクチンの種類を決定する。基本的にワクチン接種は、2週間に1回ずつ計5回(3カ月間)を1コースとしている。
 そのコース中に、患者さんの免疫反応がしっかりとアップしているのかを調べる。そして、1コースが終了して2カ月以内に、さらにその3カ月後にCT検査を行い、治療効果の評価を行う。ちなみに、治療終了時点でそれほど効果が認められなくても、治療終了から3カ月後に著明な効果が認められるケースも多々ある。
 Aさんの場合は、6月から8月にかけての3カ月間にわたった治療が終了し、抗がん剤治療を再開することもできた。当クリニックで治療を行う前の5月に比べ、治療後の10月に撮影したCT画像にて、肺がんの縮小を認められた(写真1参照)。


写真1 肺がんの縮小が認められたAさんのCT画像

 2つ目の症例の患者・Bさんは、2012年にⅢa期の肺腺がんを発症。右側肺門リンパ節転移・胸膜浸潤・肺内転移も認められた。過去に、直腸がんと尿管がんの既往歴があり、慢性呼吸不全も抱えているため、手術・抗がん剤治療ができなかった。それでも、治療法を模索し、高度放射線治療を受けることができた。その直後の2012年から9月まで、当クリニックにおいて、樹状細胞がんワクチン(MUC–1)を行った。そして、同年10月に撮影したCT画像では肺とリンパ節の腫瘍の縮小が認められた(写真2参照)。その後は、当クリニックで、リンパ球を増やすための活性化リンパ球治療を行っている。


写真2 肺とリンパ節の腫瘍の縮小が認められたBさんのCT画像

 活性化リンパ球療法は、患者さんから採取したリンパ球を増強させて約1000倍に増やし体内に戻す治療法である。主として患者さんのがん免疫力を上げることでがんを壊すといった、がんの免疫細胞療法では日本で最も歴史を誇っている。
 また、樹状細胞がんワクチンは、患者さん自身が持っている免疫力をアップさせるので、他の治療法と併用しやすい。とりわけ活性化リンパ球療法との相性は抜群である。樹状細胞がんワクチンの効果を高めるポイントは、その培養のために患者さんの体内から血液を採取する時期にある。抗がん剤は白血球を減少・損傷させるので、抗がん剤治療を受けている患者さんであれば、樹状細胞培養のための採血は次回の抗がん剤投与の直前、つまり白血球が最も多くて状態のいいときに行うのがベストなのだ。
 いずれにしても、こうした免疫細胞療法の特長は、攻撃対象ががん細胞だけで、それ以外の正常細胞は傷つけないことである。副作用と言えるのは、微熱や注射部位の発赤程度。要するに、体に備わったがん撃退のシステムを発現させ、副作用を伴わずにがん細胞を破壊する画期的な治療法なのである。
 3番目の症例の患者・Cさん(80歳代・女性)は、2009年6月、右肺にⅠ期の腺がんを発症させた。早期であったものの持病を抱えていて手術と抗がん剤治療を受けられなかった。そこで、翌月から当クリニックにおいて、樹状細胞がんワクチン(MUC–1)と活性化リンパ球療法を併用。その後、重粒子線治療を受けることができ、2010年8月にはPETの画像上で完全寛解となり、それを長期間にわたって継続(写真3参照)。以後も、当クリニックにおいて、活性化リンパ球療法を継続している。


写真3 右肺の腺がんが消失したCさんの画像

 最後の症例の患者・Dさん(30歳代・男性)は、2009年9月に、Ⅲa期の大細胞肺がんを発症させた。同年11月より、抗がん剤治療(アリムタ+シスプラチン)と放射線治療を併用。その後、抗がん剤治療を継続したものの、2010年3月に放射線肺炎によりそれを終了。腫瘍と胸水が残った。
そして、当クリニックにおいて、同年8月から10月にかけ、樹状細胞がんワクチン(WT1+MUC–1)を行った。その結果、腫瘍は縮小し、胸水は消失した(写真4参照)。以後、なにも治療を行わず、長期にわたって安定状態を保っている。


写真4 Ⅲa期の大細胞肺がんが縮小したDさんの画像

樹状細胞がんワクチンに「最適な治療」を併用

 当クリニックは「やはり最先端科学によるがん治療を受けたい!」をテーマに、新しく、かつ安全な治療を提供している。今回、取り上げた肺がんは、男女ともにがんの死亡原因の上位を占め、その克服は急務とされている。
周知のように、代表的ながん治療には、手術・抗がん剤・放射線、そして免疫療法がある。それぞれ急発展する時期があったが、現在、この4つのすべてが急速に進歩している。そのような状況にあって大切なことは、それぞれの治療の特長を活かして治療していくことだ。
 たとえば、手術は外科、抗がん剤治療は腫瘍内科、放射線治療は放射線科、免疫療法は街中のクリニックで行っていることが多い。すると、各々の先生がその分野の専門でなく、最適ながん治療計画がつくられないケースが生じてしまう可能性もある。となると、それぞれの最先端の治療が無駄になってしまう場合も出てくる。こうした問題点の解決を図るには、がん4大治療に精通した医師と、そのクリニックの病院連携が必要不可欠である。
 その点で言えば、私は、20年以上に及ぶ医師人生のなかで、外科に入局した経験を有し、手術や抗がん剤治療にも精通している。加えて、博士号取得のための研究で免疫療法を行い、今から2年前より免疫療法と放射線治療・血管内治療を併用する研究を進めるために放射線科の非常勤講師となった。その結果、4大治療に関する知識が深くなったのはもちろん、それぞれの領域における人脈での連携が可能になった。
 肺がんは、複数の治療を併用しなければ、なかなか克服できないがん種である。したがって、他の治療の専門家との連携が可能になったことで、樹状細胞がんワクチンの効果に加え、併用するには最適な治療を提供できる点も当クリニックの強みとなっている。言うなれば、こうした点も、私が目指すところの「治療効果をプラスする『最新のがん治療』」なのである。

(2013年4月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.9より)

Life-line21 Topic

バックナンバー

『ライフライン21 がんの先進医療』は全国書店の書籍売り場、または雑誌売り場で販売されています。以下にバックナンバーのご案内をさせていただいております。

LinkIcon詳しくはこちら

掲載記事紹介

「ライフライン21 がんの先進医療」で連載されている掲載記事の一部をバックナンバーからご紹介します。

LinkIcon詳しくはこちら

定期購読のご案内

本誌の、定期でのご購読をおすすめします(年4回発行=4800円、送料無料)。書店でも販売しております。書店にない場合は、発行元(蕗書房)か発売元(星雲社)にお問い合わせのうえ、お求めください。

LinkIcon詳しくはこちら

全国がん患者の会一覧

本欄には、掲載を希望された患者さんの会のみを登載しています。
なお、代表者名・ご住所・お電話番号その他、記載事項に変更がありましたら、編集部宛にファクスかEメールにてご連絡ください。
新たに掲載を希望される方々の情報もお待ちしております。

LinkIcon詳しくはこちら

[創刊3周年記念号(vol.13)]掲載

がん診療連携拠点病院指定一覧表

(出所:厚生労働省ホームページより転載)

LinkIconがん診療連携拠点病院一覧表ダウンロード

緩和ケア病棟入院料届出受理施設一覧



資料提供:日本ホスピス緩和ケア協会 http://www.hpcj.org/list/relist.html

LinkIconホスピス緩和ケア協会会員一覧ダウンロード

先進医療を実施している医療機関の一覧表

(出所:厚生労働省ホームページより「がん医療」関連に限定して転載)

LinkIcon先進医療を実施している医療機関の一覧ダウンロード

ページの先頭へ