シリーズ 先端医療 ―樹状細胞療法― ⑩

がん幹細胞を断つ「ペプチドの威力」
~抗がん剤耐性からの脱却〜


星野泰三
東京・大阪・京都統合医療ビレッジグループ 理事長・プルミエールクリニック院長

 一般的に、抗がん剤治療には著効期があるものの、開始から約3カ月後には耐性獲得期がやってきます。がん細胞が耐性を獲得してしまうと、抗がん剤の効果は乏しくなり、やがてほとんど効かなくなってしまいます。
 このように、がんをより手強くして、抗がん剤を効かなくしてしまう主な要因が「がん幹細胞」にあることがわかってきました。今回は、そのがん幹細胞にペプチドワクチン・樹状細胞を用いた治療が効果を発揮し、難治がんを克服するというテーマでお話しいたします。

抗がん剤では消せないがん幹細胞

 「がん」という病気は、時間の経過とともに悪性度が増します。その大きな理由は、腫瘍の中で、悪性度の高いがん細胞の割合が増えてしまうことです。
 この性質の悪いがん細胞は「がん幹細胞」と呼ばれ、がんの女王蜂のような存在です。それに対し、「がん子細胞」と言われる働き蜂のような存在のがん細胞がいます。ですから、がん子細胞をいくら叩いたところで、がん幹細胞が残存していれば、次々に新しいがん細胞がつくられてしまうのです。時間が経てば経つほど、がんがどんどん手強くなってくるのは、がん幹細胞の割合が増え、子細胞の比率が減ってくるためです。
 また、がんを治すはずの抗がん剤治療ですが、進行性がんに対しては、がんの悪性度を増して転移や増殖する力を養ってしまうこともあります。昨今、この考えは常識になりつつありますが、今から約30年前の1985年あたりから登場してきた「Total cell kill」は、明らかに今とは違う概念でした。「Total cell kill」の旧型の概念は「抗がん剤などで1個のがん細胞も残さずに根絶させる」というものです。つまり、大量の抗がん剤を使えば、すべてのがん細胞は消滅するだろうという意味です。
 ところが、この旧型の「Total cell kill」に則った治療では、ある時点から5年生存率が低下することがわかっています。その原因として、がん幹細胞の存在が挙げられます。というのは、抗がん剤は、がん子細胞には効果的なのですが、抗がん剤に対する抵抗性を持ち合わせているがん幹細胞への効果が乏しいのです。したがって、抗がん剤治療は、がん子細胞を叩くのですが、がん幹細胞が残ります。その状態では、がんが悪性度を増し、やがて生存率は低下してしまうのです。「難治がん・転移がんは抗がん剤で治すことが難しい」とも言われているのは、このような根拠があるからです。
 では、難治がん・転移がんには、どのような治療を試みればいいのでしょうか? やはり、そのポイントはがん幹細胞にあります。
 がん幹細胞による「負の働き」にはいくつかあります。その1つが「DNA損傷の応答」です。
たとえば抗がん剤治療を行うと、がん細胞が刺激を受けて「DNA cell Cycle」という細胞周期を急に停止します。それは、例えるならカタツムリを刺激すると殻に隠れてしまうようなものです。
 DNA cell Cycleを停止したがん幹細胞は自らの修復力を養います。つまり、抗がん剤によって大人しくなったと思っていたがん細胞が、実は秘かに強力になるための準備をしていた、ということになります。ですから、抗がん剤治療が終了すると、さらに手強いがんとなって現れてくるのです。
 この「DNA損傷の応答」を支配しているものの1つにATM遺伝子があります。この遺伝子などによる「DNA損傷の応答」によって、一旦、増殖をストップしたがんは、きわめて強い修復力で悪性度を増し、再び現れるということになります。
 この「DNA損傷の応答」の他、がん幹細胞は「抗がん剤の排出」と「酸化ストレスに対する耐性」を行います。ですから、抗がん剤や放射線、活性酸素を駆使した治療を行っても、がんがそれらに対する耐性を獲得してしまうのです(図1参照)。


図1 抗がん剤治療におけるがんの幹細胞と子細胞の相関関係

がん幹細胞を消す特異的免疫力

 免疫細胞治療には、特異的免疫のものと、非特異的免疫のものがあります。がん幹細胞には特異的免疫細胞治療で、がん子細胞には非特異的免疫細胞治療で対応します。というのは、本来のがん細胞の特質が強いがん幹細胞に対しては特異的免疫治療が効きやすく、特質性が弱いがん子細胞には効きにくいからです。
 当院における特異的免疫治療としては、分子標的樹状細胞治療と超特異的リンパ球群連射治療があります。
分子標的樹状細胞治療は、サイトカイン・人工抗原・分子情報・免疫賦活剤などを用いて分子標的薬に近い働きを持たせた樹状細胞による治療法です。しっかりとがんを捕捉し、全身の血管を巡りながらがんを叩くリンパ球にエネルギーを供給してそれを封じ込めるのです。
 もう1つの超特異的リンパ球群連射治療は、複数のペプチドワクチンで刺激した特異的キラーリンパ球を誘導することでさまざまな顔を持つがん組織への対応を可能にした、威力とスピード性を兼ね備えた治療法です。
樹状細胞は、リンパ組織ではリンパ節において免疫応答を起こし、ヘルパーリンパ球に情報を与えてキラーリンパ球を強力に誘導しています。ですから、この2つの治療の相性は抜群で、免疫的抗がん力は雪だるま式に強くなると考えられています。
 また、本稿で言う「本来のがん細胞の特質」とは、がん特有の抗原を持っているということです。すなわち、特異的免疫治療ががん幹細胞に効きやすいのは、この細胞ががん特有の抗原をしっかり保持しているということです。それがペプチド抗原で、その〝標的〟に対して樹状細胞やキラーT細胞が攻撃を仕掛けるのです。
 現在、がん幹細胞特有のペプチド抗原は、ずいぶん見つかってきています。その結果、抗がん剤ではなかなか叩くことができないがん幹細胞に対し、効果的な特異的免疫治療が行える時代になったのです。
 先述のように、がん幹細胞は悪性度が高く手強いのは事実です。しかし、その難治性の元凶となっている特殊な性質を逆手にとって特異的免疫治療を駆使すれば、がん幹細胞が持っている〝特質〟が免疫細胞の好ターゲットになり得るのです。
 それに対し、がん子細胞はしっかりとしたペプチド抗原を保持していないため、非特異的免疫治療が効果を発揮します。たとえば、世間一般に言われるNK療法やLAK療法がそれに該当します。
 当院の非特異的免疫治療としては、混合型リンパ球治療・特殊型リンパ球治療・超高密度NK細胞治療が挙げられます。混合型リンパ球治療は〝星野式〟リンパ球治療の基本型、特殊型リンパ球治療は抗がん力を高め、比較的速い効果を発揮する攻撃型の治療、超高密度NK細胞治療はきわめて強力で即効性のある抗がん力を発揮する〝スーパーNK細胞〟といったそれぞれの特徴があります。超特異的リンパ球群連射治療も含めた4タイプの活性化リンパ球治療を提供できる態勢を整えているのは、患者さんの状態に応じ、より適格な活性化リンパ球治療を受けていただきたいからです(図2参照)。


図2 がん本来の特質と免疫治療

 いずれにしても、もし抗がん剤治療を行うのであれば、最初に特異的免疫治療でがん幹細胞を叩いておき、次に抗がん剤治療と非特異的免疫でがん子細胞を叩くという順番で実施するのが得策です。あるいは、初めに抗がん剤治療と特異的治療を併用することも考えられます。

微小環境を好転させて治療効果を高める

 がんは低酸素状態に陥るとHIF(Hypoxia Inducible Factor:低酸素誘導因子)というタンパク質を出します。HIFはがん幹細胞の成長を促す厄介な物質です。つまり、低酸素状態は「DNAの損傷応答」にかかわってくる、がん特有の微小環境(腫瘍周囲の正常な細胞・血管・分子など)と言えます。
 難治がん・転移がんの治療では、まずこの微小環境を改善することが重要です。したがって、低酸素状態を有酸素状態に変えることで、HIFを少なくしなくてはいけません。
 がん組織の中のHIFを排除する手立ては2つあります。樹状細胞を用いてHIF関連物質に感作する方法と、酸素供給や血流改善による方法です。このような手段で微小環境を好転させ、がん幹細胞の増殖を抑える環境を整えていきます。そのうえで、先述のペプチドワクチン・樹状細胞を用いた免疫細胞治療でがん幹細胞を攻撃します。
 当院を受診される患者さんの8割以上が進行性・難治性のがんを抱え、他の病院において余命を宣告されたり、緩和ケアを勧められたりした方々です。そのような患者さんに対してもペプチド・樹状細胞治療やリンパ球治療といった免疫細胞治療は効果が期待できます。なかには、余命1週間の宣告を受けた患者さんでも、それらの治療が奏効し、奇跡の生還を果たしているケースもあります。
 いずれにしても、微小環境の改善が難治性がん克服の第一歩となるのです。ただ闇雲に免疫細胞治療を行うのではなく、がん幹細胞の特質を見極め、それを撃退する工夫を凝らすことが、難治がん・転移がんの治療効果の向上につながると確信しています。


(2013年7月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.10より)

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