メンタル的な治療と「栄養」の関係
メンタル的な部分の治療はカウンセリングだけでは不十分である


半田えみ 医療法人社団 中成会 半田醫院

がん治療には、メンタル的な治療も重要である

 病気になったときに、その病気とどのようにして付き合っていくのかは人それぞれでしょう。ちょっとした風邪のような病気から、難治性の病気まで世の中には数えきれないほどの病気があります。具合が悪くなり病院で診察を受け、医師から「あなたは風邪のようです、お薬を飲んで温かくして2、3日休養を取ってくださいね」と言われたときは、大きなショックを受けることはなく、おいしいものでも食べてゆっくり休もうというくらいの気持ちで病院を後にすることでしょう。もちろん中には、次の日に自分の人生をかけるような大仕事を抱えている場合は、たかが風邪ごときでも休養を強いられることは大きなショックかもしれませんが……。
 変わって、もし難治性の病気、特にがんの病気などの告知を医師から受けたときには、まず100%の人が大きなショックを受け、人によっては明日にでもすぐ命がなくなってしまうかのようにとらえ、奈落の底に突き落とされたかのように落ち込んだり、パニックになったりすることもあるでしょう。
 ほとんどのがんの患者さんは、がん告知を受けて最初の治療が終了するまでは不安や恐怖などの気持ちが強くなっていることが多く見られます。治療がうまくいっているときでも、すぐに再発の不安に悩まされたり、心から楽しい日々を笑顔で送っている方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。
 日本でのがん治療では、腫瘍そのものに対しての手術、抗がん剤、放射線療法の3大治療以外はまだまだ満たされていない状態です。がん治療には、メンタル的な治療も大変重要になってきます。気持ちが落ち込み鬱のような状態では免疫力が落ちることはわかっています。ですから、がん患者さんにとって免疫力を落としてしまうことは治療効果にも大きく影響を及ぼしていきます。

脳の栄養状態が良くなると、メンタル的な部分も改善される

 精神腫瘍学またはサイコオンコロジーといって、がんと精神・心理との相互の影響を扱う学問があります。これは、がんという状態が患者さんや家族、医療者に与える精神・心理的影響を研究する目的と、精神・心理・社会的因子(家族・職場・地域・社会資源など)ががんの発症や罹患後に与える影響を研究する目的があるものです。日本と比べて、こういった学問を基に欧米のがん治療にあたる医療チームの人たちは、がん患者さんのフォローアップもメンタル的な部分までしっかりと行われています。メンタルの部分の治療には、カウンセリングをはじめさまざまな方法があると思います。
 しかし、私はがん患者さんとの診察を重ねてきて、メンタル的な部分の治療はカウンセリングだけではどうにもならないことがあると感じています。この部分にも栄養が大変大きく関わってきており、栄養療法をしっかりと行うことで、がんそのものの治療だけでなくメンタル的な部分もしっかりと治療できることを実感しています。まさに『がんと脳の栄養』です。
 がんの患者さんが初めて診察にいらっしゃるとき、ニコニコと笑っていらっしゃる方はまずいません。眉間にしわが寄っていたり、うつむいて暗い顔をしている方がほとんどです。その内側には、緊張や不安、鬱状態が見えてきます。そのような状態の患者さんたちは、診察と採血をしてみますと栄養状態に問題があります。がん告知を受けたという理由だけではなく、がんであるために栄養状態が悪くなり、脳も生化学的に栄養の欠乏状態に陥り更に鬱症状になってゆくのでしょうか……。栄養状態が改善していきますと、がんが体の中にあっても笑顔が出てくるのです。そうしますとニコニコと笑うようになって、自然と免疫力も上がり、がんそのものの大きさや進行状態も栄養療法だけで改善したり変化していく患者さんもいます。
 こういった患者さんが増えてきますと、最近ではがんを栄養療法で治療していくことはもちろんですが、がん患者さんの脳の栄養状態を改善させる大切さをとても感じています。栄養状態の改善は、腫瘍そのものに働きかける前に脳の栄養状態が良くなりメンタルの部分の改善が先行してきます。これは、私の患者さんたちから学んだことです。

不安・恐怖・鬱などの症状は低栄養によって引き起こされる

 がん患者さんに見られる、不安、恐怖、鬱、痛みの苦痛、不眠症などの症状がいかに低栄養によって引き起こされるかをお話ししていきましょう。
私たちは、気分が良く喜びを感じて毎日を生きられたのならどんなに幸せでしょうか。私たちの脳や身体は、口から食べたものによってつくられています。口から食べ物が入り消化管で消化吸収され血液に入っていきます。その血液に乗った栄養素が全身に巡り、脳や身体の細胞の隅々にまで行きわたります。
口から食べた栄養素が脳をつくり、約1000億個ある神経細胞がネットワークをつくり神経伝達物質がそこを駆け巡ります。この働きがあって、考えたり、喜んだり、悲しんだり、苦しんだり、痛みを感じたりしています。最適な栄養状態にない場合は、本来の脳と心の健康や心地よい幸せを得られないのです。
 では、脳が健康になる最適な栄養状態とはどの程度のものなのかといいますと、このレベルは個人差が大きくあります。遺伝子、今までの食事内容、ライフスタイルなどによっても左右されますし、さらに、がんを患ってストレスがかかっていますと、ストレスが栄養素を消費してしまいます。慢性的なストレスにさらされていますと、大量のノルアドレナリン、コルチゾール、セロトニンなどの神経伝達物質やホルモンをつくり状況に対応します。神経伝達物質やホルモンを多くつくり出さなければならないということは、その材料となるトリプトファン、チロシンなどのアミノ酸、ビタミンC、ナイアシン、ビタミンB₆、葉酸、マグネシウム、マンガン、亜鉛、鉄などが失われていくということです。
 がんと付き合っていくストレスが強ければ強いほど、栄養素が必要となってくるわけです。がんそのものが栄養状態を悪くし、ストレスを感じ心が弱っていきますと、こちらでも栄養素が消費されダブルパンチで栄養低下を助長していきます。
 ですから、がん患者さんにとっては、がん告知をされた時点から1にも2にも栄養療法が絶対的に必要になります。

脳を快適に働かせるための、脳に必要な栄養素

 脳を快適に働かせるために必要なものは、ブドウ糖、アミノ酸、必須脂肪酸、リン脂質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素です。ブドウ糖は脳のエネルギー源であり、脳の神経細胞の主成分はたんぱく質、神経伝達物質をつくる材料はアミノ酸です。神経細胞を包む膜は必須脂肪酸やリン脂質です。ビタミンとミネラルは、アミノ酸から神経伝達物質をつくるときに必要な酵素の働きを助けます。
 ブドウ糖は、誤解のないようにしていただきたいのですが、がんにも脳にも決して精製された糖質は必要ありません。糖質の高いものはがんの餌にもなってしまいますから控えてほしいものです。がんから血糖降下作用のある異所性ホルモンが産生されたり、がんが大きくなりますと多量のブドウ糖を消費したり、その結果しばしば低血糖を引き起こします。そんなところに精製された糖質を食べてしまいますと、さらに低血糖を助長し脳へのブドウ糖が不足します。疲労感、イライラ、めまい、不眠、集中力の低下、物忘れなどを引き起こします。
 好ましい糖質は、ゆっくりと血糖の上昇する低GI値(グリセミックインデックス)の食材です。アミノ酸が不足しますと鬱、無気力、緊張、記憶障害、集中力の低下などに陥りやすくなります。トリプトファンは抗鬱作用、チロシンはストレス緩和、ギャバやタウリンは興奮を抑え不安を取り除く効果があります。
 また、トリプトファンからは神経伝達物質のセロトニン、メラトニンがつくられます。セロトニンはさらに気分を安定させ、鬱を改善させます。メラトニンは眠りを誘い不眠に効果があります。

脳の栄養素はまず食品から 不足分はサプリメントで補給

 がんの患者さんは不眠症も多く、大抵の場合睡眠導入剤が処方されています。しかし、これらの薬は却って脳にダメージを与えてしまいます。脳の70%は脂肪でできており、特に必須脂肪酸のω3と6が大切です。必須脂肪酸は体の中でつくられないため食事から摂らなくてはいけません。必須脂肪酸は鬱、不安、疲労などを改善させます。
 現代においてはω6は食事からかなり摂取され十分満たされていますので過剰摂取に気をつけ、積極的にω3を摂るようにしましょう。
 さらにω3の大切なところは、プロスタグランジンという強力なホルモンにも姿を変えます。これは免疫を高め、炎症や痛みなどを抑える効果もあり、がん患者さんの炎症や痛みのコントロールにも欠かせません。αリノレン酸を豊富に含む亜麻仁油やしそ油、サンマ、サバ、ニシン、イワシ、サケなどEPA、DHAが豊富な青魚などがおすすめです。
 リン脂質の代表は鶏卵、もつ、納豆や豆腐などの大豆食品に含まれるフォスファチジルコリン(レシチン)とフォスファチジルセリンです。リン脂質は気分を高め、やる気を生み、心に張りを持たせます。そして、ビタミンB群、B₁摂取で頭がさえ元気が出ます。B₆、B₁₂、葉酸は気分の落ち込みを改善します。鬱の症状を和らげるビタミンC、不安やイライラを解消するカルシウムとマグネシウム、不眠症があるならマンガン、鬱や不安を解消する亜鉛などです。これらが、ざっと脳の栄養素です。
 これらの栄養素は、まず食品から摂取していくことが原則となります。しかし、がんの患者さんでは、低栄養状態であることがほとんどですから、さらにサプリメントなどで強化していく必要が出てきます。
 ただし、サプリメントに関しては栄養療法に精通しているドクターに処方をしていただくことがよいと思います。なぜなら、最適な栄養状態には個人差がありますし、上記した栄養素も多すぎても少なすぎても体にとってはよくないからです。自己判断にはお気をつけください。


(2012年1月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.4より)

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