シリーズ 先端医療 ―樹状細胞療法― ⑫

難治がん・転移がんの集中治療
がんの壁を破れば〝樹状〟は効く!~がんは分厚い壁を作る〜


星野泰三
東京・大阪・京都統合医療ビレッジグループ 理事長・プルミエールクリニック院長

 今、免疫細胞治療の進歩は著しいものがあります。当院を受診される患者さんの8割以上が進行性・難治性のがんを抱え、他の病院において余命を宣告されたり、緩和ケアを勧められたりした方々ですが、免疫細胞治療が奏功し、がんを克服した症例は多々あります。その大きな要因として、近年には免疫細胞治療の〝主役〟が、細胞からワクチンに移行し、免疫抑制細胞による免疫機能の無力化に対する工夫を凝らせるようになったことが挙げられます。
 また、その一方で、免疫細胞治療の効果が弱い、あるいはまったく効果がないケースがあるという話も耳にします。そんななか、免疫細胞治療の効果が減弱してしまう主な原因が解明されてきました。それは、がんに罹患すると免疫抑制細胞が異常に増殖するため、患者さん自身が持ち合わせている免疫力の働きが低下するだけでなく、樹状細胞やペプチド(アミノ酸からなる人工的に合成したタンパク質の断片)などを用いた免疫細胞治療の効果も十分に発揮できなくなります。要するに、免疫細胞が「がん微小環境」の構築する〝壁〟にブロックされてしまうのです。
 したがって、その微小環境を改善させながら樹状細胞やペプチドを用いた免疫細胞治療を行えば、その効果は一挙に上昇するのです。

がんを守り育てる分厚い壁

 本稿で言う「壁」とは間質(ストローマ)のことです。基底膜(動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層などの間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリックス)の基底側には多様な細胞外マトリックス(細胞の外に存在する超分子構造体)と繊維芽細胞、血管内皮細胞、免疫細胞などが混在しています。それがストローマです。
 正常細胞のストローマはがん化を防止します。それに対し、がん細胞のストローマはがん化を促進します。同じストローマであっても、正常細胞のものとがん細胞のものとでは、その役割が異なっているのです。
 ヒトのがんの80%以上は、胃や肺、大腸、乳腺などの上皮組織の上皮細胞から生じます。その細胞に変異が蓄積されると基底膜下のストローマの性質が変わり、それが上皮細胞のがん化を促進します。さらに、変異細胞を取り巻く正常な上皮細胞が変異細胞の細胞死などを起こすことも解明されてきました。いずれにしても、がん細胞とその周囲を取り巻くストローマとは相互作用があるのです。
 基底膜や基底膜下のストローマ細胞は、上皮細胞に位置情報を与えて上皮細胞のがん化を抑制します。たとえば、乳腺上皮細胞の周囲に存在する筋上皮細胞は、タンパク質分解酵素の阻害分子を大量に分泌し、乳腺上皮細胞の浸潤を抑えることが知られています。
 このように、正常なストローマが上皮細胞のがん化を抑制している一方で、異常を来したストローマは変異細胞のがん化促進・転移能亢進に関係していることがわかってきました。つまり、上皮細胞内に変異が蓄積してがん化が進むにつれ、がん細胞に隣接するストローマを構成する細胞外マトリックスやストローマ細胞にさまざまな変化が起きるのです。そして、それが進行するにしたがって周りの壁も変わって悪循環が起こってくるのです。
 がん細胞によって誘引、あるいは活性化された炎症細胞や繊維芽細胞は、いろいろなサイトカインや増殖因子を分泌します。そして、がん細胞の増殖や浸潤により、がん化をさらに進展させていきます。このがん細胞を取り巻く細胞外マトリックスやストローマ細胞の変化は、「がん微小環境」と言われ、現在、がん治療の領域において大きな注目を集めているのです(参照)。


図 がんの微小環境

壁の中身はこれだ!

 先述の「壁」、つまりストローマの中は、細胞外マトリックスや繊維芽細胞・免疫細胞などのストローマ細胞で構成されています。
 ストローマ中の繊維芽細胞は、コラーゲンやフィブロネクチン(糖タンパク質)といった細胞外マトリックスタンパク質、およびサイトカインや増殖因子、タンパク質分解酵素などの分子を分泌・発現しています。こうして、ストローマの環境に多大な影響を及ぼしているのです。
 それと、がん細胞周囲の繊維芽細胞は、きわめて多様な変化を示します。それらの変化ががんの進行に大きな役割を果たすことも解明されてきました。そのがん周囲に存在する繊維芽細胞は「CAF(cancer-associated fibroblasts)」と称され、TGF–βや肝細胞増殖因子を多く分泌することで、上皮細胞の遊走や浸潤を促進します。
 また、がん細胞とCAFは、他の細胞を介し、互いに影響を及ぼすとされています。たとえば、がん細胞は、血小板由来増殖因子を放出することでマクロファージを呼び寄せ、マクロファージが産生するTGF–βが繊維芽細胞の活性化を誘起するのです。それに対し、CAFは、内皮細胞や周皮細胞から増殖因子やケモカインの分泌を促進します。その結果、上皮細胞のがん化が進んでいくのです。
 続いて、ストローマ中の細胞外マトリックスタンパク質ですが、この物質の変化ががん化促進に大きな影響を及ぼします。
 先述のCAFは活性化されると細胞外マトリックスタンパク質を過剰に分泌します。それと、マトリックスメタロプロテアーゼなどのタンパク質分解酵素の分泌を介し、細胞外マトリックスタンパク質を大きく変化させるのです。
 がん周囲の細胞外マトリックスの変化は、インテグリン(細胞外マトリックスタンパク質の主要な受容体)を介し、がん細胞内シグナル伝達に影響を与えます。たとえば、CAFが分泌するリシルオキシダーゼ(銅アミン酸化酵素)は周囲のコラーゲンの結合を促します。そのコラーゲンに生じた変化は、インテグリンの活性化を通して乳腺変異細胞の浸潤を誘引することがわかっています。
 ストローマの中の悪い免疫細胞とは、腫瘍関連マクロファージ(TAM)や骨髄系免疫抑制細胞などのことです。
 マクロファージは、ヘルパーT細胞が放出するサイトカインによって単球が分化した細胞で、がん細胞周囲に高頻度に存在します。このがん周囲のマクロファージ(TAM)は、いろいろなサイトカイン、細胞外マトリックスタンパク質分解酵素、増殖因子を分泌し、がん細胞の増殖・転移・浸潤・血管新生を促進します。さらに、CTL(細胞傷害性T細胞)の活性化も抑制します。
 骨髄系免疫抑制細胞は「MDSC(myeloid-derived suppressor cells)」と称され、マクロファージ系と好中球系細胞の性質を持ち合わせています。がん化が進むにつれ、脾臓・骨髄・末梢血・がん周囲に現れます。
 MDSCの特徴は、B細胞・CTL・NK細胞の免疫能を低下させることです。さらに、最近の研究では、がん細胞がMDSCを骨髄からがん細胞周囲へと誘引することが示唆されています。

〝壁を破ろう〟

 先述のがん微小環境の正常化は、がん治療の新たなキーポイントとなってきています。がんの壁、つまりがん細胞のストローマの中では炎症が起きており、それを止めることが特に重要です。がんは慢性炎症とも言われ、炎症が激しくなると腫瘍熱を出すようになります。こうした炎症によってがんの壁が徐々に厚くなり、火傷跡のケロイドのように肥大化が起きてしまうのです。
 がん微小環境の炎症はがんの成長因子の発現を誘引します。そして、その炎症は、がんの壁の肥大化に加え、硬化(堅固化)を促進させもします。その理由は、炎症跡に線維化が起きてしまうからです。さらに、がんの炎症・肥大化・線維化を助長するのが腫瘍血管という栄養補給路です。したがって、がんの壁を〝突破〟するためには、がんの炎症・肥大化・線維化・腫瘍血管をブロックしなくてはいけないということです。
 まず、炎症に対しては抗炎症剤を用います。そして、がんの肥大化には、低用量抗がん剤を使って成長因子の分泌を抑えます。がんの線維化には、抗線維化剤や超音波治療があります。腫瘍血管の新生を防ぐにはアバスチンやスニチニブ、インライタ、サリドマイド、オメガ3といった薬剤やサプリメントが効果的だとされています。
 また、さまざまな抗がん剤治療が不成功に終わってしまう原因の1つとして、細胞外マトリックスの変化に伴う間質液圧の上昇によって、がん細胞への薬剤のアクセスが阻害されてしまうことが挙げられます。その対応として、がん微小環境を変化させ、薬剤の通りを改善する方策が考えられています。たとえば、FAP(CAFが発現するタンパク質分解酵素)に対するワクチンを使って、CAFの細胞死を誘導してⅠ型コラーゲン量を減少させるのです。
 今回、述べたように、がん周囲のストローマを標的とする治療法は、がん医療の領域において、1つの新機軸になりつつあります。つまり、これからのがん治療は、がんだけではなく、その周囲の環境との関係を把握しながら行う方向に進んでいくはずです。こうした治療こそが、がんの「壁」を突破し、樹状細胞治療をはじめとする免疫細胞治療の効果を向上させてくれるのです。


(2014年1月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.12より)

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